島村英紀『夕刊フジ』 2019年9月20日(金曜)。4面。コラムその315「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

「前兆がなかった」5年前の御嶽山噴火
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「「前兆がなかった」御嶽山噴火から5年… 富士山、箱根も「いつ噴火しても不思議ではない」」

 戦後最大の火山災害、死者行方不明63人を生んでしまった2014年の御嶽山(長野・岐阜県境)の噴火から来週27日で5年になる。

 火山学から言えば、この噴火は、噴火としてはけして大きなものではなかった。規模も、地下からマグマが出てこなかったという噴火様式もそうだ。

 不幸は、秋の天気のいい土曜日の昼時に噴火が起きてしまったことである。ロープウェイや道路が山頂近くまで通じている3000メートル級の山。多くの人が集まっていた。

 火山学にとって衝撃だったことは、噴火が警告できなかったことだ。2週間前にあった火山性地震は治まってしまっていたし、気象庁が出す噴火警戒レベルも「山頂まで行っていい」というレベルだった。2007年の積雪期に起きたが被害がなかった小噴火のときに約2ヶ月前から出た火山性微動も、このときには11分前にしか出なかった。

 その後、2018年1月に前兆もなかった草津白根山がいきなり噴火して、死者1、負傷者11名を出した。

 2019年8月には浅間山(群馬・長野県境)が、これもいきなり噴火した。この噴火も前兆がなかった。幸い夜だったので登山客などに被害はなかった。

 浅間山は1783年には大噴火して広く飢饉を及ぼしたこともあるので火山周辺の観測体制は充実していた。直近にも2008年、2009年、2015年に小規模に噴火したが、いずれも数日前から前兆があった。草津白根山も浅間山も、それぞれホームドクターの大学の先生が張り付いているところだし、事前の前兆の把握に問題があったわけではなかった。むしろ前兆の把握に優等生を自任していたほどだった。

 つまり2014年、2018年、2019年の最近の噴火は、いずれもノーマークのときに起きて、噴火する前兆が把握できなかったことになる。「前兆のない噴火」は気象庁や火山学者には大変なショックだった。

 もし噴火が「いつ噴火しても不思議ではない」活火山である富士山や箱根で起きたら、被害ははるかに大きくなる可能性がある。たとえば富士山には年に20万人も登っているし、夜でも登山客は多い。箱根には年間2千万人もの観光客が集まっている。

 富士山や箱根には限らない。日本には活火山が110もあり、どれも観光地になっている。そのうちどれが噴火するかは分からないのだ。

 戦後最大の火山災害になってしまった御嶽の噴火。だが火山学的にはもっと大きな噴火があっても不思議ではない。

 噴火の規模を表す指標に「火口から飛び出した火山噴出物の総量」がある。御嶽では東京ドームの容積(124万立方メートル)で半分以下だった。

 東京ドームの容積の250杯分以上の噴火を火山学では「大噴火」という。日本では、この大噴火が100年間に4〜6回もあった。

 最後が1913〜1914年の鹿児島・桜島噴火と1929年の北海道・駒ヶ岳噴火だった。災害を忘れやすい日本人のほとんどの頭にはもう残っていないに違いない。

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