島村英紀『夕刊フジ』 2019年10月4日(金曜)。4面。コラムその317「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

千島列島の火山噴火が見せた 北米と欧州でカラフルな夕日
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「火山の大噴火は世界の“色”を変える 北米と欧州でカラフルな夕日、千島列島の火山噴火が原因」

 北米と欧州で、7月から8月にかけてピンクや黄色に染まった朝日や夕日が見られた。ふだんは見られないカラフルな空だった。

 これは、はるかに離れた千島列島にある火山が噴火したせいだ。火山は千島列島の中部、やや北寄りのライコケ火山。7月22日に95年ぶりに噴火して、噴煙が13000メートルにまで上がった。

 ここは成層圏の高さだ。ここまで上がった噴煙は世界中を回る。噴煙に含まれる多量の微小な火山性粒子が、日の出と日の入りに太陽光を拡散させたのである。

 ライコケとは珍しい名前だが、先住民族であるアイヌが火口を見て「地獄の穴」と名づけたアイヌ語で、戦前の日本では雷古計島と呼ばれていた。ロシア語でもそのまま踏襲されている。長さと幅が2キロあまりの小さな火山島で、山頂の高さは551メートルある。

 ここは日本や東アジアから北米へ向かう航空路だ。航空路は大圏航路を取るから千島列島を通る。人工衛星が火山からの噴煙を観測して、この地域を担当する気象庁の航空路火山灰情報センターでは注意報を出した。

 じつは火山の噴煙が成層圏まで上がって世界中に影響したことは多い。たとえば、1783年の浅間山(長野・群馬県境)で出た火山灰は地球を半周してグリーンランドの氷河のボーリングで見つかったことがある。

 また、インドネシアのタンボラ火山は1815年に大噴火して、世界の気候を変えてしまった。舞い上がった火山灰は世界の気候を変え、地球に降り注ぐ太陽熱をさえぎってしまったのだ。米国北東部では異常低温となって雪や霜が6月まで見られた。欧州でも5月から10月まで長雨が続いて農作物が不作になった。

 インドネシアのクラカタウ火山は1883年に大規模な噴火を起こした。火山島が吹き飛んでしまったほどのすさまじいものだった。噴火は海面近くで起きたので大津波を発生し、地元での死者は36000人にも達した。死者数は2004年のスマトラ沖地震(マグニチュード(M)9.3)までは世界でも最も多い津波の犠牲者だった。

 クラカタウの噴火の影響で世界の気候が変わってしまった。舞い上がった火山灰は世界の気候を変え、太陽熱をさえぎって北半球全体の平均気温が0.5〜0.8℃ほど下がった。その後何年にもわたって世界的な冷害を招き、農作物の不作をひき起こした。

 タンボラ火山の噴火の影響も1815年だけではすまず、翌年にも世界各地で続き、「夏のない年」といわれた。その後も長く、世界各地で太陽が異常に赤っぽく見えたり、太陽のまわりに大きな輪が出現する「ビショップの環」が見えたりした。

 昨年日本に来たノルウェーの画家ムンクの「叫び」。この絵はインドネシアの火山噴火が世界中に影響したのものだと主張している学説がある。気候変動でノルウェーでも異様な色の夕焼けがあったはずだというのである。

 ムンクの絵は1893年に制作されたが、1883年の大噴火の10年後だった。噴火で舞い上がった火山灰は、数年以上も世界中の空を漂っていたのである。

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