島村英紀『夕刊フジ』 2013年12月20日(金曜)。5面。コラムその32 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

南海トラフ巨大地震と噴火のつながり

 東京から見る富士山は左右対称の整った姿ではない。左側の山腹が盛り上がっていることが対称を破っているのだ。

 これは前回話した富士山の最後の噴火(1707年=宝永4年)による噴火のせいだ。この噴火は富士山の山頂ではなくて、南東側の山腹で起きた。このため、宝永火口が富士山のなだらかな横っ腹に醜く開いてしまった。(写真は伊豆スカイライン・滝知山から見た宝永火口。2014年3月。島村英紀撮影)

 この噴火はとても大規模な噴火で富士山の三大噴火のひとつだった。あとの二つは平安時代に発生した「延暦の大噴火」と「貞観の大噴火」である。

 前回話したように平安時代400年間に、富士山は10回も噴火している。なお前回、平安時代の期間表記に誤りがあったことをお詫びして訂正する。正確に言えば、平安時代のはじめの300年の間に10回(一説によれば12回)も噴火したのである。

 ところで、この宝永噴火は、大規模な海溝型地震であった「宝永地震」の直後に噴火したものだ。大地震のほとぼりも冷めない49日目に噴火が始まった。

 世界的にも、地震と噴火が連動した例は多い。たとえば、マグニチュード(M)9を超える超巨大地震は近年7回起きたことが分かっているが、いちばん最近の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)を除いて、すべての大地震では地震から4年以内に、近くで火山が噴火している。

 もっとも、東日本大震災からまだ2年9ヶ月しかたっていないから、この「法則」の例外であるかどうかは、まだ分からない。ちなみに、宝永地震はもし地震計の記録があればM9クラスではなかったかと最近は考えられている。

 このほか北方四島の国後(くなしり)島にある爺爺岳(ちゃちゃだけ。1822メートル)の例がある。この火山は、19世紀のはじめ以降200年近くも噴火していなかった。噴火はしていない火山でもよく見られる噴気(水蒸気の発生)さえも見えないほどだった。

 しかし1973年に突然、長い眠りからさめて噴火した。それ以後は火山活動が活発になり、1978年7月にも噴火した。そして、その5ヶ月後の1978年12月には、すぐ南東側の海底、つまり北海道の東にある国後水道でM7.8という大きな地震が起きたのだった。このときは噴火が先、地震があとになった。

 地震と火山は両方ともプレートが海溝で衝突することで起きる現象だから、なにかがつながっているのにちがいない。海溝から潜り込んでいった太平洋プレートが起こす地震と、そのプレートの潜り込みで生まれたマグマが上がってきた火山なのだから、関連があって不思議ではないからだ。だが残念ながら現在の科学では、地震と火山がどう関係しているかは解明されていない。

 宝永地震は、いま怖れられている南海トラフ地震の先祖のひとつだと考えられている。

 じつは、さらに先代と思われている慶長地震(1605年)のときにも、約8ヶ月後に八丈島の西山が噴火した。

 さて、南海トラフ地震が襲ってくる前か後に、火山がまた噴火するのだろうか。

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