島村英紀『夕刊フジ』 2019年11月29日(金曜)。4面。コラムその325。「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」
宇宙服は南極でテスト
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「月では昼と夜の温度の変化が大きい…南極で行われる宇宙服のテスト」
このところ、月面探査がかまびすしい。
アポロ計画50年を記念して米国が次の有人月面探査「アルテミス計画」を予定しているし、インドはこの秋に無人機を送り込んだ。だが、不幸にして通信が途絶えた。
アルテミス計画は月だけはなく、このロケットは将来の火星と木星、土星への無人飛行も視野に入れている。火星の有人着陸は2030年代を目指している。
この有人着陸に必要なものは、飛行士に必要な宇宙服だ。
この宇宙服は内部の温度と湿度、圧力を調整するだけではない。宇宙飛行士を放射線から保護し、通信装置も備える。宇宙服は宇宙船と同じくらい複雑な機械、いわば「個人用の宇宙船」だ。宇宙服は全身3Dスキャンで個人に合わせて特注される。
宇宙遊泳の無重力環境では両脚がほとんど役に立たないために、腰から下は硬く、曲がらないように作られている。
だが、月や火星の表面では、宇宙飛行士は歩かねばならない。そのため宇宙服は移動したり、体を曲げたり、道具を扱えるなどの軽さと柔軟さを備えるように作られる。
アポロ計画では月面をウサギのように飛び跳ねるだけだった。柔軟性が少なくて動きが制限されていたのだ。
今度は胴体の反対側に手を伸ばしたり、しゃがんだり、頭の上から物を持ち上げたりすることができるようになった。より広い範囲での動きが可能になるのだ。
一つの大きな問題は、月のちりだ。地球上の石や砂、ちりは何百万年もかけて浸食され、摩耗している。だが空気も川もない月面には風も吹かないし浸食もない。小石から小さな粒子まで、どれも角が鋭く、ノコギリのような切れ味を持っている。それゆえ危険も多い。このほか火星には人体に有害な化学物質、過塩素酸塩が土壌に含まれていることが分かっている。これらも避けなければならない。
でも、新型の宇宙服にも弱点が残っている。簡単には脱げない宇宙服にはまだ、宇宙オムツが必要なことだ。
ところで、この宇宙服は、南極にアルゼンチンが持つマランビオ基地でテストされている。
月では、赤道付近で昼は110℃、夜はマイナス170℃と温度の変化が大きい。このため、低温下でどのように動けるかのテストをマランビオ基地で行っているのだ。
飛行機で行ける南極基地はそう多くはない。日本が持つ昭和基地は飛行機では行けないところにあり、補給はもっぱら船に頼っている。
アルゼンチンが持つマランビオ基地は、同国が持ついくつもの南極基地の中心で、大型の輸送機が首都ブエノスアイレスから飛んでいる。
私は、この輸送機でマランビオ基地に飛んだことがある。舗装されていない滑走路が永久凍土の上にある南極基地ゆえ、昼間はぬかるむので早朝しか着陸できない。着陸前に操縦席に入れて貰ったが、短い滑走路だし、なかなかスリルのある着陸だった。
夏でも氷に囲まれた南極基地は寒かった。この寒い基地でなければ、宇宙服のテストはできないのだろう。
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