島村英紀『夕刊フジ』 2019年12月27日(金曜)。4面。コラムその329「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

南海トラフ地震の先祖
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「「半割れ」はいつ起きるのか…南海トラフ地震の“先祖”を精力的に調査」

 「半割れ」が地方自治体に混乱を起こしている。南海トラフ地震の震源域の半分でマグニチュード(M)8クラスの地震が起きるのを「半割れ」という。

 残りの半分が近々起きるのではないかということで、この地域に避難を呼びかけるのか、それはいつまでなのかに政府や自治体は苦慮している。鉄道や道路が止まり、経済活動がストップすることに、いつまで耐えられるかが問題になっている。自治体は「自分たちの地域に被害が出ていないのに避難の呼びかけに応じてくれるだろうか」と住民への周知に懸念を示しているのだ。

 南海トラフ地震は「先祖」が何回か知られている。近年では、一回前の先祖は1944年の東南海地震と1946年の南海地震の東西に別れて起きた。ただし2年も間があいているから、すべての経済活動を止めて待つには長すぎる。

 2回前は1854年の安政東海地震で、このときは東が先、32時間後に西に大地震が起きた。

 じつはその前の1707年の宝永地震は一挙に起きた。その前の1605年の慶長地震も一挙に起きた。

 こうしてみると、いままでの例から見ても、待っている間に起きた例はほとんどない。「半割れ」が起きても、数日待てば次の大地震が起きる見込みは少ないのだ。

 いま もっと前の先祖を調べることが精力的に行われている。

 古文書を調べることは有力な手段だ。だが、地震計のない時代。震度の大きかったところが震源にすればいいわけではない。人が多く住み、歴史が書き残されているところと、そうではないところがある。また日本中どこにでも起きる可能性がある内陸直下型地震と、メカニズムが違う海溝型地震である南海トラフ地震の先祖との見分けも難しい。

 このほか、かつての津波の跡を調べる方法もある。最近、静岡県西部を流れる太田川で河川改修工事が行われて、過去の津波で海の砂が運ばれた堆積物の地層がいくつも現れた。ここは河口から2〜3キロも遡ったところで、よほど大きな地震でないと海の砂を大量に運んでこない。

 いちばん古い津波堆積物は飛鳥時代の7世紀末だった。これは未知だった南海トラフ地震の先祖で、西側では684年に南海地震の先祖と言われてきた「白鳳(はくほう)地震」が起きていた。つまり白鳳地震は南海にとどまらず、いまの静岡県にまで達していた巨大地震だったことがわかった。

 だが、この地層を調べる手法は、数年以内に起きる「半割れ」には使えない。

 政府や気象庁が「半割れ」のあとで、またM8級が3日以内に発生したのは96回のうち10回あったとしている。だが96回のうち10回とは、1900年以後に起きた地震を世界中で数えているもので、南海トラフ地震のような海溝型地震だけではなく内陸直下型地震も含めているのである。

 恐れられている南海トラフ地震が「二つに分かれて、数日以内に」起きてくれるかどうかは、じつは地震学者にもわからないのだ。

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