島村英紀『夕刊フジ』 2020年1月10日(金曜)。4面。コラムその330「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

火星の地震と秘めた可能性
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「プレート運動がないはずなのに…火星の地震と秘めた「可能性」」

 今年は火星が話題になりそうだ。米国、欧州とロシア、中国の3者がそれぞれ火星に着陸する探査機を打ち上げる。

 先輩格、2018年末に米国NASAの着陸機インサイトが地震計「SEIS」を設置した。

 地震計の結果は、驚くべきものだった。冷えてしまってプレート運動がないはずの火星でも地震があったのだ。

 地震計は他の探査計と違って、遠くの現象でも検知する。また、地震波の伝わり方を探ることによって深い内部構造が明らかになる。月の探査でも地震計が活躍したし、火星でも地震計の役割は大きい。この地震計は、惑星に設置されたうちで最高感度のものだ。

 SEISはこれまでに約20回の振動を探知した。

 その中に、明かな地震が2つあった。マグニチュード(M)は3と4の間だった。どちらも「ケルベロス地溝帯」で発生していた。着陸地点から東約1600キロのところで、深い亀裂が何本も走っている地溝帯である。

 火星は、地球と同時期の46億年前に出来たが、地球の半分の大きさなので、とっくに冷えてしまってプレート運動はないことが分かっている。

 火星が作られた直後は表面はマグマに覆われていたが、マグマは冷えて固まった。だが地下には今でもマグマだまりが残っているのだろうか。

 火星の地震は岩石が冷却、収縮するときに生まれているものかもしれない。この地溝帯には地質学的に新しい活動の痕跡も残っている。この地域には、地下から湧き上がるマグマが地面を引っ張って亀裂を作った可能性もある。地震は、亀裂の形成がまだ続いていることを示しているだろうか。

 そのほかに、地下を流れる水が地震を起こした可能性もある。

 火星は以前は温暖な惑星で、地表には生命や水が存在していたという学説がある。しかし約35億年前に状況が変わり、大気の大半が失われた。現在は大気の層が地球の130分の1と極めて薄いので、地表に水があってもすぐに蒸発してしまう。だが、氷の状態であれば水は安定してその場にとどまる。

 最近の研究によれば、乾燥した地表のわずか2〜3センチ下に氷が埋まっている地域があるという。

 もともとは、火星の極点と中緯度地域の地下には液体の水があると考えられていたが、実はもっと広い範囲に地下に水や氷があるというのだ。

 これは将来の火星有人旅行への朗報だ。これまでの地球を出発する有人宇宙飛行では、飛行士は水を含めて生存に必要な物資をすべて抱えて出かけていた。水は量が多いのでとても重い。現地で水が得られれば大いに助かるのだ。

 今回の火星の地震はM3〜4という小さなものだった。

 他方、地球にはM9クラスの地震が起きる。地球にはプレートがあり、活発に動いている。だが不幸中の幸いがないわけではない。プレートの厚さが地球半径のせいぜい50分の1と限られているために、プレートが動いて起こす地震には限りがある。日本中の家が倒れたり、地球が二つに割れるような大きな地震はないのだ。

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