島村英紀『夕刊フジ』 2020年1月17日(金曜)。4面。コラムその331「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

噴火、津波、震災・・・大規模災害を風化させるな
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「東日本大震災でさえ忘れ去られそうに… 噴火、津波、震災など「大規模災害」を風化させるな!」

 この正月に鹿児島市で大規模な防災訓練が行われた。1914年に大正噴火が起きた日、1月12日前後に行われているものだ。。西桜島村(現鹿児島市)が始めた最初の訓練から50回目の節目を迎えた。かつての西桜島村の役場は噴火時の溶岩で埋没した。

 後ろは火山、前は海。真冬の寒い海に飛び込んで溺れるなどして死者・行方不明者は58人にも上った。

 また、鹿児島湾(錦江湾)に流れ出た溶岩でそれまでは島だった桜島と大隅(おおすみ)半島が陸続きになった。噴石と火山灰は桜島で2メートル近く積もった大噴火だった。

 今回の訓練は、過去最多の約180機関や団体、計約5000人が参加した。避難用のバス8台が用意され、桜島フェリーも1便を訓練用に運航するなどかつてない規模だった。

 しかし、この大規模な訓練でも、高齢者に比べて若い世代の参加が少ないことが目立った。経験を次の世代に伝えるという当初の目的からは、残念な結果になった。

 だが、地震や火山噴火の経験の風化は、鹿児島には限らない。

 2004年のスマトラ沖地震で23万人が死亡するなど大きな津波被害をこうむったインド洋全体でも、風化は著しい。

 津波から15年。最大被災地のインドネシア・アチェ州や多数の外国人観光客が犠牲になったタイ南部で追悼式典も行われた。アチェ州の式典では、州都バンダアチェの東方約70キロのピディ県シグリで州政府が主催して遺族ら2500人以上が参列した。

 だが、タイだけで5000人以上が犠牲になったタイ南部の沿岸に、タイ政府がアンダマン海の沿岸部各地に建てた避難所が維持管理がされないまま放置され、廃虚と化している。

 海に面した避難所は窓ガラスが割れ、電気ケーブルは天井から垂れ下がり、荒れ放題になっている。とても人が住める状態にはない。

 この避難所は1階は柱だけ、2階に避難者の収容場所を備えた高床式。避難の長期化を見据え、トイレや洗面台、シャワー室も設置された。

 また、米国や日本の支援でアンダマン海の沖に設置された津波計も故障して動かなくなっているものが多い。

 鹿児島の場合も、大正噴火の被災者も減り、体験を聞いて育った世代も減って、災害のときに役立つ地域の結びつきも弱くなっている。

 しかし地震や噴火が将来とも起きないことは地球物理学的には考えられない。

 研究者によれば、桜島の地下深部では蓄積されたマグマの量が1914年の噴火当時の9割に達しているという。近い将来同レベルの大噴火が起こる危険性を排除できないのである。

 ことは桜島やスマトラには限らない。ことしで25年目になる阪神淡路大震災(1995年)はおろか、2011年の東日本大震災でさえ、被害や被災者は忘れ去られようしている。

 この次の震災のときに以前の経験が生かせるかどうか、人々の知恵が試されているのである。


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