島村英紀『夕刊フジ』 2020年2月28日(金曜)。4面。コラムその337「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

加入者急増!!スイスの地震保険事情
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「加入者急増!スイスの「地震保険」事情」

 スイスでは最近地震が多発している。長年の平均に比べ2019年は2倍の地震が起きた。

 保険会社はこの状況の恩恵を受けている。ある保険会社は前年度に比べて3割も増加したという。

 スイスは日本やインドネシアに比べて地震は少ない。だが、14世紀には大都会バーゼルが地震で壊滅したこともあり、地震がないわけではない。小さな地震なら毎月のように起きている。

 地震国日本にも地震保険がある。地震保険が誕生したのは1966年。2年前の新潟地震がきっかけだった。

 しかし、いろいろな制限がある。ひとつの地震で保険金で払える総額が決まっている。総額はその後増やされて、11兆3000億円になっている。恐れられている南海トラフ地震をカバー出来るはず、というが、起きてみないと、これで足りるかどうか分からない。

 このほかに日本の地震保険には大きな制約がある。損害額が受け取れるわけではないことだ。被害額がカバーされる火災保険とは大いに違う。

 保険に入っていても、失った住宅や家財を元通りにはできない。理由は支払額が火災保険の保険金額の30〜50%の範囲内しか出ないからだ。地震で全壊してしまっても、最大でも火災保険の半分しか支払われない仕組みなのである。

 スイスの地震保険は違う。火災などをカバーする建物保険では保証されないのは日本と同じだが、地震保険は、建物の市場価格がまるまる保険金額になる。保険でカバーされるのは5から10%の免責金額を除いたものだが、それでも日本の地震保険でカバーされる金額よりもずっと多い。

 連邦工科大学チューリッヒ校が作ったハザードマップによれば、スイスの南西部と南東部で地震危険度が高く、同国最大の都市チューリッヒなど北部では低い。

 2017 年3月にスイス中部で起きた地震は、スイスでここ数年の間に起きた最大の地震だった。地震のマグニチュード(M)は4.6だった。

 幸い、被害は壁のひび割れ、水道管の損傷、煙突の崩落程度だった。この地震はスイス中央部の多くを占めるドイツ語圏の全域で感じられた。

 このほか、近年は人間が起こす地震、つまりダム地震や地熱開発にともなう地震も増えている。

 小さな地震を起こしたために地熱発電の開発が中止されたことがある。バーゼル市内で行われていた「ディープ・ヒート・マイニング」という計画で、5000メートルの井戸を掘って、年間2万メガワット時(MWh)の電気と、年間8万MWhの温水を得ようとしたものだ。二酸化炭素を出さないのが取りえではあったが、バーゼル州政府は2009年に計画の中止を決断した。

 50キロ先にはフランスの「フェッセンハイム原発」もある。バーゼルは地震に敏感なのだ。営業運転の開始は1978年でフランス最古ゆえ廃止され、2月に廃炉作業が始まる。

 自然地震と人造地震。スイスでは地震保険への関心が高まっているのである。

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