島村英紀『夕刊フジ』 2020年3月6日(金曜)。4面。コラムその338「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

雨や地震がなくても地滑りは起きる
----2月の女子高生巻き添え死はマンション所有者が賠償か
『夕刊フジ』公式ホームページの題は
雨や地震がなくても地滑りは起きる! 2月の女子高生巻き添え死は「マンション所有者全員」が賠償か

 神奈川・逗子(ずし)で急斜面が崩壊して、通りかかった女子高校生が死亡した。2月のはじめのことで、雨も降っていないし、地震もなかったのにいきなり地滑りが起きたものだ。

 じつは雨も地震もなくて土砂崩れが起きたのは前にもあった。2018年には大分・中津市耶馬渓(やばけい)町で地滑りが起きて6人がなくなったのだ。

 地震では地滑りがもっと頻繁に起きる。2008年に起きた岩手・宮城内陸地震(マグニチュード=M=7.2)では幅900メートル、長さ1300メートルもある地滑りがあった。東京でいえば東京駅から有楽町を超えて新橋までの全部が滑ったことになる。

 この地滑りは逗子と違って急傾斜のところで起きたのではない。わずか1〜2度と非常になだらかな傾斜の「すべり面」が滑ることによって起きた。この斜面は車なら気が着かず、歩いていればようやく気がつく程度の傾斜だ。

 この「すべり面」は地下に隠れている。かつて火山灰が降り積もった「シルト層」といわれるものだ。この層が滑ったことで、その上に載っていた土砂がすべて滑ってしまったのである。

 2018年に起きた北海道胆振(いぶり)東部地震(M6.7)では最大震度は7。43人の死者を出した。多数の地滑りが起きて林の木々を根こそぎ倒して、家屋や道を押しつぶした。数万年前に支笏(しこつ)カルデラから出た火山噴出物が斜面崩壊を起こしたのだ。

 地滑り地形は日本全体だと37万ヶ所、地滑りの発生件数は毎年2000件以上もある。犠牲者が出るほどの大雨や地震による斜面災害は日本でこれまでは2〜3年に1回は起きてきた。

 ところで、逗子の地滑りが地震と違うところがある。

 それは、地震や台風で地滑りが起きたわけではないので、この斜面を持つマンションの管理組合、ひいては所有者全員に責任がかかってくる可能性があることだ。

 この斜面の上には分譲マンションが建っていて38戸が入居している。斜面はマンションの敷地の一部である。

 マンションは昭和40年代からあった社員寮の跡地に建てられたが、そのときに地盤工事をした記録はない。一方、崩落現場は2011年に県から「土砂災害警戒区域」に指定されていた。

 賠償額は弁護士費用や遅延損害金も含めれば1億円を超える。所有者全員で自己負担することになる可能性が強い。

 マンション所有者の自己負担だけではない。マンションの資産価値の大幅な低下も避けられまい。

 日本中で土砂災害警戒区域にあるマンションは少なくなく、同じような斜面を持つマンションならば他でもこの種の事件が起きるかもしれない。マンション開発業者や管理会社は、この事故を見て、慌てて自社物件の総点検をこっそり行っている。

 地震や火山が作った地滑り地帯が多い日本では、地震はもちろん、それ以外にも恐れなければならない災害は多いのである。

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