島村英紀『夕刊フジ』 2020年5月8日(金曜)。4面。コラムその347「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

クジラ座礁急増 原因は太陽黒点か人間か
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「クジラの座礁が急増…原因は太陽黒点?人間? 動物の磁場の感知能力を停止、混乱させる「磁気嵐」」

 このところ、クジラやイルカの座礁が増えている。イルカはクジラの一種だ。日本だけではない。2018年には、200頭以上のコククジラが米国の西岸・太平洋北東部で浜辺に打ち上げられた。

 クジラは長距離の移動をするうえ、知能が高い動物だと考えられている。

 太平洋東部のコククジラは外洋に出ることなく、沿岸部を南北に往復し、2万キロにわたって移動する。夏にはアリューシャン列島付近まで北上し、冬にはメキシコ湾岸まで南下して出産する。移動距離は哺乳類の中で最大級だ。

 最近の研究で、海を回遊するクジラはコククジラに限らず、地球の磁場を利用して位置を測定していることが分かりかけている。


 座礁の原因として学説があるのは、「磁気嵐」が原因でクジラの体内コンパスが停止し、磁場の感知能力で正確な航行ができなくなることだ。


 太陽黒点から出る太陽フレアが地球に達すると磁気嵐になる。


 磁気嵐が激しい日には、コククジラが座礁する可能性が4倍以上も高かった。ホッキョククジラでも太陽黒点が多い日に座礁する可能性が2倍以上高い。


 磁気嵐は「磁覚」という動物が磁場を感知する能力を停止させたり、混乱させたりする。鳥、ゴキブリ、カミツキガメ、ハムスター、イヌは磁覚があることがすでに知られている。


 1988年に、フランスから英国へ向けて行われた伝書バトの国際レースでは5000羽のハトが放たれた。だがゴールに到着したハトはほとんどいなくて全滅に近かった。これも、その日に発生した磁気嵐のせいだった。


 動物を、大きなコイルの中に入れれば、磁覚を持つことを証明できる。しかし、クジラは大きすぎるので、装置に入れて実験するわけにはいかない。


 じつは、その他に人間もクジラに悪さをしている。クジラにとっての脅威は漁網や船舶との衝突がある。だが、それよりも大きな脅威がソナーだ。


 私たちが海底地震計で観測しているときに世界各地で不思議な音を記録した。多くはクジラやイルカが仲間と交信するために出す声だったが、そのほかにソナーもあった。


 1950年代に開発された中周波ソナーは、潜水艦を探知するためのものだ。米国やNATO加盟国、それに東側の海軍が使用している。このソナーは1960年ごろから一段と改良された。


 以後、アカボウクジラが大量に打ち上げられる現象が発生するようになった。アカボウクジラの大量座礁は1960〜2004年の間に121件確認され、うち少なくとも40件では、海上での軍の活動時間と場所がアカボウクジラの大量座礁と密接に関連していたことが明らかになっている。


 アカボウクジラは、そもそも雑音に敏感なクジラだ。地中海のように船が多くて騒々しい海域では昔から座礁が記録されている。ソナーはそれに輪をかけた。


 さて、クジラの座礁は太陽のせいか、はたまた人間のせいなのか。科学者はまだ理解できていない。


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