島村英紀『夕刊フジ』 2020年5月29日(金曜)。4面。コラムその350。「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」
遠くの地震でも「海底地滑り」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「遠くの地震でも起きる「海底地滑り」 メキシコ湾など原油流出事故につながる可能性も」
1000キロも離れた小さな地震が、メキシコ湾での海底地滑りを起こしていることが分かった。この5月のことだ。
その地震の多くはせいぜいマグニチュード(M)5程度で、地震の地元、米国カリフォルニア州ではニュースにもならない地震だった。メキシコ湾では震度1にもならない。
メキシコ湾は石油の大産地だ。石油掘削プラットフォームが湾内だけで2000近くもあり、石油ガスパイプラインも7万キロが敷設されている。
メキシコ湾そのものには地震がほとんどない。だが、遠くの地震で湾内で海底地滑りが起きると、石油掘削プラットフォームや石油ガスパイプラインが破壊されて原油流出事故につながる可能性が高い。それゆえ関心が高まっている。
この研究によると2008〜2015年に、これまで知られていなかった海底地滑りが85回起きていた。そのうち75回が遠方の地震がきっかけで起きていた。そのほとんどは、何百キロも離れたカリフォルニアなど北米の西海岸沿いで発生したM5クラスの地震だった。つまり海底地滑りの90パーセント近くが、1000キロ以上離れた場所で地震が起きて数分以内に発生していたのである。
いままでにメキシコ湾での最悪の原油流出事故は2004年、米国ルイジアナ州の海岸近くで発生した米国テイラー・エナジー社のものだ。1日1万リットルを超えるペースでメキシコ湾に原油が流出し続けている。
この事故ではプラットフォームが泥によって転覆し、複数の油田が破壊された。残骸は分厚い堆積物の下に埋まっているので、原油の流出箇所をふさぐのが難しい。
この原因は地震ではなくてハリケーンで生じた海底地滑りだった。だが地震によって、今後、同じような原油流出事故が起きる可能性が大きい。
原油流出事故だけではない。海底電線の切断やメタンハイドレートの大規模な融解や、津波の発生といった事故を起こすかも知れない。
メキシコ湾の海底が地滑りを起こしやすい理由がある。川からメキシコ湾に大量に流れ込む堆積物によって、急勾配の不安定な地形が作られるからである。この研究では原因が特定できない海底地滑りも10回あった。メキシコ湾の海底はそもそも不安定なのであろう。
この期間での研究ではさらに遠くで起きたもっと大きな地震が海底地滑りを引き起こすことはなかった。もしかしたら、メキシコ湾の海底地滑りを引き起こす最大の要因は振動の強さではないのかもしれない。遠く離れた地震がどのように地滑りを引き起こすのかを解明するには、さらなる研究が必要なのだろう。
日本でもひとごとではない。1771年の八重山地震では、推定される地震の規模よりも津波が大きかった。黒島海丘で生まれた海底地滑りで大きな津波を生んだのだ。「明和の大津波」である。
また関東地震(1923年、M7.9)のときには相模湾や東京湾口に多くの海底地すべりが起きて海底電線を切断したことがある。
地震のときの海底地滑りは、遠くまで影響する恐ろしいものなのだ。
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