島村英紀『夕刊フジ』 2020年7月3日(金曜)。4面。コラムその355「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

桜島で火山噴石3キロ飛ぶ
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「桜島で火山噴石3キロ飛ぶ 民家の屋根に大きな穴が開いたのに…気象庁は噴火警戒レベルをなぜ引き上げないのか 」

 鹿児島・桜島火山で騒ぎが持ち上がっている。民家の屋根に噴石が飛んできて大きな穴が開いたのに、気象庁は「噴石が人家まで飛んで、噴火警戒レベルを上げる」ことを認めなかったからだ。

 民家の屋根に穴が開いたほか、海岸沿いに点在する集落から100メートルほどの林の中で大きな穴が見つかった。直径6メートル、深さ2メートルの穴だ。火口から出た推定50センチ〜1メートルの噴石が地面をえぐった穴だった。6月4日の早朝、暗いうちだ。

 ともに火口から3キロほど離れたところ。桜島では火口から2.5キロ付近に集落があり、噴石が到達すれば人的被害のおそれがある。島内の別の地域でも直径5センチほどの噴石が飛んでいた。明らかに住民の避難が必要な「レベル5」にあたる事態だった。気象庁の「噴火警戒レベル」はレベル3の「入山規制」で、火口から2キロ以内は立入禁止だったが、この中に民家はなく、住民の避難は必要ではなかった。

 大きな噴石の飛んだ距離は火口から3キロを超えていた。こんな遠くまで噴石が飛んだのは34年前の1986年11月以来のことだった。

 だが気象庁は「レベル5に引き上げる判定基準の『大きな噴石が火口から2.5キロ以上に飛散』とは複数の噴石が飛ぶことを指している。今回は噴石が1つなので、レベル5に上げる対象ではない」「レベル5の見逃しではない」と言い張って、レベルの引き上げを拒否した。

 しかし、公開されている判定基準のどこにも「複数」という言葉はない。複数でなければ該当しないというのはおかしい。1つでも人は死んでしまうのだ。

 この気象庁の決定には、研究者や気象庁のOBから批判が相次いだ。気象庁は見逃しを認めたくないために基準をねじ曲げたとしか言えまい。火山山麓の住民の安全よりは自分たちのメンツにこだわる気象庁の体質なのではないかというわけだ。

 さすがに気象庁も、これらの批判を受けて、噴火から8日後の6月12日になって「噴石が1つでも飛散とみなし、今回の噴火で、噴火直後に噴石を確認できていればレベル5に引き上げていた」とそれまでの説明を修正した。

 桜島では住民の避難が必要な「レベル5」にあたる事態だったが、実際には5に引き上げられることはなかった。レベル5へ引き上げられれば桜島では初めてになる。

 2007年に噴火警戒レベルが導入されてから13年。導入以降に起きた噴火では、広範囲に火山灰が降った2011年の南九州・新燃岳、死者・行方不明者が63人にのぼった2014年の御嶽山、住民が船で島外へ避難した2015年の鹿児島・口永良部島、スキー場で訓練中だった自衛隊員が噴石に当たって亡くなった2018年の群馬・草津白根山。いずれも噴火のあとで、警戒レベルが引き上げられたものだ。

 桜島ではレベルの決定に問題を起こした。だが一般に、噴火警戒レベルは「予知」情報とはとても言えず、「現段階での防災情報」にすぎないのを火山付近に住む住民は心すべきなのである。

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