島村英紀『夕刊フジ』 2020年8月7日(金曜)。4面。コラムその359「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

暑い夏は紛争が増える
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「夏は紛争が増える!? 自然環境が変動すると社会的な不安増す研究結果」

 長くて、各地で大雨の被害を生んだ梅雨が明けた。いよいよ、暑い夏の到来だ。ただでさえ暑い夏に、地球温暖化の暑さが加わろうとしている。さらに新型コロナウィルスが輪をかけた。

 暑いのは日本だけではない。米国・シカゴで年初から7月半ばまでに銃撃された人の数が昨年の約550人から1901人へと跳ね上がり、死者も97人から373人と大幅に増えた。また米国・ニューヨークでも同時期、銃撃された人は795人に上り、死者も200人を超えた。こちらも昨年より大きく増えている。

 これまでも、こうした事件は夏に増える傾向があった。暑い昼間を避けて夜間に人々が外出し、遅くまでさまざまな集まりやパーティーに参加する人が増えるので、銃撃も増すのだ。

 今年は新型コロナウィルスの流行がそれに拍車をかけている。数か月にわたった外出制限が、米国では5月から6月にかけて緩和されて、都市の住民は一気に屋外に出かけるようになっていた。

 ところで、暑い季節には文明崩壊に至る紛争が起きやすくなるという学問的な研究がある。

 この研究は米国カリフォルニア大学バークレー校の研究者たちが世界的な科学誌に発表したもので、過去1万年の人類史と気候変動の関係を調べた。研究では自然環境が変動すると社会的な不安定さが増すことを確かめた。

 歴史データの定量分析から気温上昇、または異常降水で気候が標準偏差にして1だけ変化するごとに、個人間の暴力は4%、集団間の紛争は14%も発生頻度が上昇することが分かった。つまり平均気温2℃の上昇で、集団間暴力が50%以上も増加するのだ。

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表した報告書では、地球温暖化で地球の気温はあと50年間ほどで少なくとも2℃上昇すると予想される。温暖化が進むと、人々のイライラがつのり、今後さらに世界が不安定になる恐れがある。

 この研究では、過酷な天候で穀物が不作となって食物が不足するほか、大雨は洪水を招いて土地をめぐる紛争を起こす。個々の紛争の発端は多様だが、環境が悪化して食料や財産が脅かされると、人の行動が暴力性を帯びやすくなるという。

 大事件では、たとえば中米のマヤ文明や東南アジアのクメール王朝は、深刻な熱波と、それにともなう旱魃(かんばつ)に見舞われて崩壊して滅亡した。

 このほか、アフリカや熱帯地方での内戦や民族紛争が増えたという。

 また、この研究では干ばつと猛暑の時期に個人レベルの犯罪件数も増加した。インドとオーストラリアで家庭内暴力が増加し、タンザニアなどで暴行と殺人が増加した。

 近未来は地球温暖化が進んで猛暑や旱魃などの異常気象が増えるから、大きな「事件」が起きるかもしれないのだ。新型コロナウィルスがこの傾向を加速する可能性が高い。

 米国では、新型コロナウィルス以後の銃販売の40%は初めて購入した客だという。防衛のためかもしれないが、いつ攻撃に使われるか分からない。物騒な話である。

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