島村英紀『夕刊フジ』 2020年10月9日(金曜)。4面。コラムその368「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

予報部が消えた気象庁の大改革
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「看板だった予報部が消えた気象庁の「大改革」 地震火山部の「地震予知情報課」も廃止」

 この10月から、気象庁の組織が大幅に変わった。100年以上続いた東京・大手町から11月に霞ヶ関の合同庁舎に移転する前の大改革である。

 気象庁を代表する部署、予報部がなくなった。天気予報や台風の進路予想などを担当してきた気象庁の看板だった。予報部は80年近い歴史を持ち、かつて中央気象台だった気象庁より歴史が長い。予報部、地球環境・海洋部など3つの部は新たに設置された2つの部、情報基盤部と大気海洋部に統合される。

 ところが、先月上旬に西日本を襲った台風10号で予報部はミソをつけた。予報部が早い段階から特別警報級になると注意を呼び掛けていた台風10号は予想に反した。結果的に特別警報の発表は見送られ、市民の中には空振りといった受け止め方さえある。


 気象庁は当初、台風10号が通過する4日前に似たコースをたどった台風9号が海水をかき混ぜ、台風のエネルギー源である海水温を低下させたのが勢力を弱めた原因だと発表した。だがその後、予報より早く勢力が弱まり雨量も少なかったのが原因として発表を訂正した。


 予報は完全ではなかったのだ。それでも気象庁は「警戒呼び掛けを受けて避難や事前の準備に取り組んでいただいた結果、被害軽減にもつながった」と述べた。ツイッターには「しくじったときにまずすべきは、言い訳ではなく反省と謝罪が必要」という厳しい言葉が踊った。ほとんどの場合に過大な気象庁が出す津波情報と同じで、オオカミ少年になる恐れもあるのだ。


 長期予報(3ヶ月予報)も課題だ。下駄を投げた程度にあてにならないと言われて久しい。明日、明後日の予報が「大気の運動方程式」を使ってスーパーコンピューターで計算できて当たるようになったのと対照的に、数ヶ月先の予報はこの方式が使えず、過去の経験に頼っている。英国ではいさぎよく長期予報を廃止したが、日本は昔からの因縁でやめられない。


 この陰で、ひっそりと地震火山部の「地震予知情報課」も廃止された。この廃止で、気象庁は名実ともに「地震予知」の看板を下ろしたわけだ。


 この課は3年前まで「事前予知」を前提とする東海地震の監視業務を行ってきた。前身は地震予知情報室で、設置されて以来40年間、事前予知のための東海地震の監視業務を担ってきた。


 東海地震は1970年代に警告されてから大震法(大規模地震対策特別措置法)という法律まで作られ、いまにも起きるのではないかと思われた。だが、起きないまま、約40年がたった。起きるとすれば南海トラフ地震の東端の一部として起きると思われている。


 学問的には地震予知は現在の学問レベルでは出来ないと前から分かっていたが、2018年、政府はついに白旗を揚げた。


 政府が「予知はできない」として南海トラフ地震の防災対応を行う方針に転換したことで、課の名前と仕事の実態とがそぐわなくなっていたから、廃止されるのは当然だった。「できないことをやる課」のように見えるという内外の声に押されたわけだ。


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