島村英紀『夕刊フジ』 2020年11月13日(金曜)。4面。コラムその373「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

「地震弱者」襲ったエーゲ海の大地震
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「地震弱者」襲ったエーゲ海の大地震 地震少ない地域でなるべく安価に家を作る庶民、こうして大きな被害が繰り返される

 トルコの西にあるエーゲ海で10月30日に大地震が起きた。マグニチュード(M)は7.0。91時間ぶりに助け出された2歳の女の子は明るいニュースになり、100名以上が救出されたものの、死者は100人を超えた。

 今回の地震は、USGS(米国地質調査所)の表記では「ギリシャのネオン・カルバシオン島の北北東15キロメートルの地震」ということになっている。小さな島で、首都カルバシオンは人口3000人あまりの町だ。

 ここはトルコにくっつくようにレスボス島などギリシャの島々が並ぶ。中東から欧州へ向かう難民がわずか数キロメートルの幅の海を渡ればギリシャ、つまりヨーロッパ側にたどり着けるという足がかりになっている。


 エーゲ海はヘレニック海溝の南からアフリカプレートがギリシャやトルコの下に潜り込んでいるところで、ギリシャやトルコは地震が多い。


 しかし、今回の地震はプレート境界からは遠い直下型地震だった。日本でもよく起きるが、プレート境界からは遠い直下型地震は、どこで起きるか分からない。しかも、ある場所で見ているかぎり、めったに起きない。このために津波が起きた現地では、津波は日本の映像でしか見たことがないという人が多かった。


 じつは2017年にもM6.6の、よく似た直下型地震が起きている。今回の地震の150キロメートル南だった。日本で150キロメートル離れると別の県に入ることが多い。まったく別の直下型地震として起きる。


 これらに対して海溝型地震も起きる。ギリシャで20世紀以降に最大だった1956年のM7.7のアモルゴス地震。このギリシャ南方の島々を襲った地震は海溝型だった。地震のエネルギーはM7.0の約11倍、M6.6の44倍あった。


 10月の地震ではギリシャで2人の死亡が確認されたが、トルコのほうが圧倒的に被害は多い。


 ギリシャの島近くの震源からむしろ遠いトルコ・イズミール市が被害の中心になった。人口が約400万人と多くて、イスタンブールに次ぐトルコ第2の規模の港湾都市だ。ビルや建物が倒壊して、多くの人々が閉じ込められたり、犠牲になった。


 震度はトルコなど多くの国が採用している「改正メルカリ震度階」では12段階の7。これは日本の震度でいえば5強だった。Mの大きさから見ても日本での最高震度7には相当しないだろう。


 だがイズミール市内で約120棟のビルや建物が全半壊して計500棟以上が被害を受けた。この地区が特別に地盤が揺れやすかった可能性がある。倒壊は一部の地域に限られていたからだ。


 このほかに建築基準法違反の疑いもある。めったにない地震には手を抜くこともあるのだろう。


 1999年にトルコ北部を襲って5万人もの命を奪った地震の後に訪れたことがある。人々が建てていた家を見て、私は背筋が寒くなった。地震の前と同じ作りの家を建てていたからだ。


 こうして地震の大きな被害が繰り返される。


 庶民は手許にある安い材料で、なるべく安価に家を作る。地震は庶民の「地震弱者」を選択的に襲うのである。


この記事
このシリーズの一覧

島村英紀・科学論文以外の発表著作リストに戻る
島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」へ
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
島村英紀が書いた「もののあわれ」
本文目次に戻る
テーマ別エッセイ索引へ
「硬・軟」別エッセイ索引へ