島村英紀『夕刊フジ』 2020年11月27日(金曜)。4面。コラムその375「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

津波警報が役に立たない津波 「海底地滑り」原因で予想上回り襲来
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「津波警報が役に立たない津波!? 2018年インドネシア地震による「海底地滑り」」

  津波警報が役に立たない津波があることが、今年の夏に分かった。

 インドネシア・スラウェシ島で2018年9月に大きな地震被害があった。津波は高さ11メートルに達した。主な津波は2度起き、2度目の津波はより大きかった。


 その後の調査で、この津波は地震が震源で起こした「普通の」ものではなくて、地震によって引き起こされた海底地滑りが起こしたものだったのが明らかになった。震源よりもずっと近くで津波が生まれたのだ。


 このほか陸上でも広い範囲で液状化が見られて、泥流も発生した。緩斜面にもかかわらず、地上でも地滑りで1キロメートル以上も滑った。数百メートル滑った家もある。陸地も海底も柔らかい土地なのだ。


 この地震と津波は、スラウェシ島中部のパルとその周辺を襲った。パルは人口34万。同名の州の州都だ。犠牲者2000人以上、行方不明1300人以上という被害を生んでしまった。犠牲者数は7000人以上との説もある。病院やモスクのほとんどのほか、5階建のショッピングセンターや8階建のホテルも倒壊した。


 地震はマグニチュード(M)は7.5だった。しかしこのときの津波は、どう見ても地震の横ずれというメカニズムから考えられるよりも大きかった。他方、縦ずれならば大きい津波が来る。


 また、震源の場所が遠いのに津波がわずか3分で襲ってきたことも不可解なことだった。震源はパルの北78キロメートルにあった。


 これらは、近くで起きた海底地滑りのせいであることが分かった。


 海底地滑りは海底面が水を含んでいるために陸上よりも発生しやすい。また、いったん滑ると規模が大きくなる。


 海底地滑りの規模と速度が分かった最初の例は1929年のグランドバンクス地震だった。カナダの大西洋岸のすぐ沖で起きてMは7.2。それほど大きな地震ではなかった。だが、大陸斜面にあった12本の海底電線が、この海底地滑りで上から順番に次々に切れていった。切れた一番下までは1100キロメートルもあった。東京から稚内の距離よりも長い。速度は時速100キロメートルを超えていた。自動車なみの速度だ。


 海底面の斜度はごく小さく、米国・カリフォルニア州沖の海底地滑りではわずか0.25度だった。米国東部のミシシッピ河の三角州では100分の1度という小さな勾配のところでも海底地滑りが起きたことが分かっている。


 海底地滑りは地震が小さくてMが5や6でも起きる。米国では1000キロメートル離れた小さな地震で引き起こされたことさえある。インドネシアに限らず、世界のあちこちで、そして日本でも起きる可能性がある。


 日本のいまの津波警報は、震源の位置と地震のMから算出している。


 しかし油断はできない。2018年のインドネシアの地震のように、津波警報よりもずっと早く来たり、予想よりもはるかに大きいことがある。


 つまり、津波警報が役に立たない津波が襲ってくることがあるのだ。


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