島村英紀『夕刊フジ』 2020年12月25日(金曜)。4面。コラムその379「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

エベレスト再測量の政治的な意味
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「エベレスト再測量の政治的な意味 中国とネパールが国交65周年記念事業で共同実施」

 エベレストの高さが再決定された。8848.86メートル。いままでよりも86センチメートル高くなった。

 世界一の高山、エベレストの高さは、従来からいろいろな説があった。古くは19世紀の半ばにインドの測量局が山麓の8地点からの測量の平均値として8839.8メートルと出した。元はフィートで、平均値では29000フィートぴったりだったが、あまりに人工的すぎるというので29002フィートにしたという。


 約100年後の1954年に同じインドの測量局が山腹の12地点からの観測の平均値として8848メートルを得て、これが世界的に広く用いられてきた。だが1975年に中国隊が頂上で測って8848.13メートル、1999年に米国隊が8850メートル、2005年に中国が再測量して8844.43メートルとしたが、ネパール政府はいずれも正式な測量とは認めていなかった。ほかにもイタリアやデンマークも独自の測定値を発表してきた。


 その後2015年にマグニチュード(M)7.8のネパール大地震が起きて数千人が犠牲になった。

 地震は雪崩を引き起こした。雪崩は約400人がいた標高5000メートルにあるエベレストの登山キャンプも襲った。ここだけで22人以上が死亡した。それより上のベースキャンプにいた100人以上の登山者が帰れなくなった。エベレスト史上最悪の事故になった。


 この地震でエベレストの高さが変わったのではないかとの声が高まったこともあり、再測量が必要になったのだ。


 このエベレストの再測量には、じつは政治的な意味がある。エベレストは中国とネパールの国境にある。ネパールは非同盟中立が外交方針で、インドとも中国とも良好な関係を保ってきた。しかし中国とインドの関係悪化にともなって中国寄りになっている。


 チベット人が中国チベット自治区などからインド北部にあるチベット亡命政府に向かう時にネパールが中継地となっていた。だがネパールは最近、中国の意を受けて山を越える亡命を規制した。このためチベット難民が急減しているのだ。


 共同発表は中国の外相とネパールの外相が参加して12月初めに行われた。前年には中国の習近平国家主席がネパールを訪れて、国交65周年記念事業として共同で再測量を進めることにした。


 ところで、エベレストは海の底で出来た石灰岩だ。山頂付近には貝の化石もある。つまりエベレストなどヒマラヤの山々は、かつて海底だったところが持ち上がったのだ。この持ち上がりは南からやって来たインドプレートとユーラシアプレートが押し合ってせり上がって起きたものだ。


 いまでもインドプレートが押してきている。このためヒマラヤの山々は年平均で約5ミリメートルずつ高くなっている。


 そして、このプレートの衝突は地震も起こす。7万人の犠牲者を生んだ2008年の四川大地震(M7.9)や、7万人の犠牲者が出た2005年のパキスタン大地震(M7.6)である。ネパールでも、2015年以前にも1934年にM8.4の地震で1万人以上が死亡した。


 エベレストは人間世界の出来事とは関係なく高くなり続けているのだ。


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