島村英紀『夕刊フジ』 2021年2月5日(金曜)。4面。コラムその384「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

南極でマグニチュード7の地震
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「南極でマグニチュード7の地震 人がいないところなので被害はないが…近ければ大被害に」

 東南極のブランズフィル海峡で、1月末にマグニチュード(M)7.0の浅い地震が起きた。

 幸い人がいないところなので被害はなく、近くても200キロ離れた南極基地で日本の震度で4〜3、40センチメートルの津波があっただけだった。だがM7は、近ければ大被害を引き起こす大きさだ。

 じつはこの海峡は私たちの海底地震計のフィールドのひとつで、1991年にポーランドとアルゼンチンとの共同研究を組織して行った場所だ。

 ブランズフィル海峡は南極プレートとスコシアプレートが合わさっていて、日本海の「赤ちゃん」がいま生まれているところだ。日本海の地下にマグマが大量に上がってきて日本海を作ったが、太平洋プレートとユーラシアプレートが押しあっている間になぜ日本海が出来たのか、なぜ拡がったのかはナゾだ。しかし日本海はすでに1500万年前に開き終えてしまって、地下が「凍りついて」いる。このために私たちは日本海の生まれたナゾを探りに南極海にまで出かけていったのである。

 ここは南米の南端と南極大陸の間に、南シェットランド諸島がある。南極だから寒くて雪も多いが、南シェットランド諸島には相対的に南極基地を置きやすい。このためにアルゼンチンがいくつもの南極基地を置いているほか、ポーランド、ロシア、チリ、ウルグアイ、ブラジル、スペイン、ペルー、エクアドル、中国も基地を置いている。いわば南極基地の銀座だ。だが、お互いの基地は船では行けるが、氷河で隔てられているところが多い。どの基地も地震でびっくりしたものの、被害はなかった。

 私たちは海底地震計を設置・回収するための観測船を使い、ポーランドやアルゼンチンの基地も利用して観測を行った

 この結果、マグマが地下から上がってきている様子が捉えられた。ブランズフィル海峡は生きていて、下から押されて拡がっているのが分かった。今回のM7の地震も私たちが求めた地下の構造通りに起きた。「凍りついてしまった」日本海では起きない地震だ。

 私たちは今回の地震の片方の「役者」、スコシアプレートでも、その動きを探るために2004年に地震観測をした。このプレートが南米の南端にあるフェゴ島に上がっているところで陸上での臨時の地震観測を行った。北側は南米プレートに接する。このプレート境界は陸上を走る境界としては世界でもっとも研究が遅れているところだ。

 スコシアプレートは東西が2000キロメートル、南北が600キロメートルほどの小さなプレートだが、周辺で地震を起こすので有名だ。小さいがその割には地震を起こすという意味ではフィリピン海プレートに似ている。フィリピン海プレートは南海トラフ地震を起こすのでは、と恐れられているプレートだ。

 フェゴ島はパタゴニアの南端で、アラスカまでの17848キロメートルものハイウェイでの南の終点である。ハイウェイといっても舗装していない道が続く。野生のラクダ科のグアナコも近くにいた。

 無人の長期観測で一番盗られやすいのは太陽電池だという。まばらにある牧畜農家では電気が引かれていないせいである。
 

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