島村英紀『夕刊フジ』 2021年2月19日(金曜)。4面。コラムその385「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

50年燃え続けている巨大な穴
夕刊フジ』公式ホームページの題は「50年燃え続けている巨大な穴 観光客が後を絶たないトルクメニスタンの「地獄の門」」

 半世紀以上にもわたって燃え続けている大きな穴がある。場所はトルクメニスタン。天然ガスが燃えているのだ。燃えている穴は直径70メートル、深さ30メートル。巨大な穴だ。夜も明るく燃えさかっている。この火を消す手段はない。

 この燃える穴は首都アシガバードの北約260 キロメートルにある。カラクム砂漠の中央近くだ。

 トルクメニスタンは中央アジアにあり、旧ソ連の衛星国のひとつだった。国土の80%を砂漠が占める。カラクム砂漠だけで35万平方キロメートル。日本の約1.3倍の国土に500万人あまりが暮らす国である。

 その砂漠から石油や天然ガスが出たので、一躍、豊かな国になった。教育や医療費は無料なほか、食料品や日用品や住居などの物価が低く抑えられている。実質的な収入金額は高くはないが、国民の生活は安定している。

 トルクメニスタンの2019年時点での天然ガス確認埋蔵量は19.5兆立方メートル。世界4位で9.8%。ガスはパキスタン、中国、インド、イラン、ロシア、西ヨーロッパ諸国など多くの国に輸出されている。

 発見は1971年、旧ソ連によるものだった。予備的な調査でカラクム砂漠の下に天然ガスを発見して、埋蔵量は世界でも有数だということが分かった。早速、掘削リグなどの重機が運び込まれたが、土地が柔らかく重機類は崩落してしまった。

 ここの天然ガスはメタンがほとんどだ。メタンそのものは人に対する毒性はないとはいえ、高純度のメタンを吸いこめば酸素欠乏症になる。このことから周辺の住民や野生動物の生命に危険が及ぶ可能性があったため、技術者たちはガスに火をつけて燃焼させることにした。

 当初は数週間以内にガスは燃えつきると思われていた。だが、思ったよりも天然ガスはずっと豊富で、半世紀たった今もなお燃え続けている。

 夜も光るこの巨大な穴には「地獄の門」という名前がつけられた。この名前は、地元住民が巨大クレーターで燃えるオレンジ色の炎や、沸騰している泥を見て名づけた。穴を訪れる観光客は後を絶たない。

 メタンは都市ガスの主成分だが、地球の大気中には0.0002% 含まれているのにすぎない。だがメタンは同量の二酸化炭素の数十倍の温室効果をもたらし、温室効果ガスが地球温暖化に与える影響の23%を占める。二酸化炭素に次いで地球温暖化に及ぼす影響が大きな温室効果ガスで、「悪者」とされることが多い。

 しかし宇宙にはずっと多い。たとえば天王星や海王星は大気に2%のメタンを含むし、木星は大気に0.1%のメタンを含む。これらの星が青く輝いているのはメタンの吸収による効果だ。

 土星の大きな衛星であるタイタンは大気に2%のメタンを含む。メタンの融点は −183 ℃、沸点は −162 ℃だ。太陽から遠いので極低温なので、液体メタンの雨が降り、液体メタンの海や川もあることが分かっている。地表面に液体があるのは太陽系では地球とタイタンだけだ。タイタンは衛星ながら、惑星で一番小さい水星よりも大きい。

 メタンは星によってはありふれた物質なのだ。
 

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