島村英紀『夕刊フジ』 2021年4月9日(金曜)。4面。コラムその392。「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 1
巨大コンテナ船の離礁を助けた満月
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「巨大コンテナ船の離礁を助けた満月 スーパームーンによる潮位上昇」
スエズ運河で座礁していた「エバーギブン」(愛媛の正栄汽船所有)は巨大なコンテナ船で、長さ400メートルもある。長さ20フィートと40フィートのコンテナ1万個あまりを積んでいた。
スエズ運河を通っているときに強風に見舞われ、運河を斜めにふさぐ形で座礁した。コンテナ船は船の全長や幅の割に喫水(きっすい)が浅い。そのため受風面積が広く風の影響を受けやすい。
1週間近く運河をふさいで、400隻以上もの船を止めた。世界の物流に支障が出た。スエズ運河を経由するのは世界のコンテナのうち3割にも達する。いくつもの船舶が、はるかに遠回りのアフリカの喜望峰まわりにルートを変更した。
じつは、離礁して同船を再浮上させることができたのはスーパームーンだった。もちろん、約3万立方メートル土砂の浚渫(しゅんせつ)や13隻のタグボートも必要だった。
月や太陽の引力は、潮の干満、つまり海面潮汐(ちょうせき)を起こしている。満月と新月では、太陽の引力と月の引力が相乗されるので潮汐が大きくなる。
月は最短約35万7000キロメートルから最長40万6000キロメートルまで、地球からの距離が変化する。厳密にいえば、円ではなく長円だ。距離が14%ほど変わる。月が地球に近い満月には14%大きくなり、30%明るくなる。これがスーパームーンだ。満月は年に10回以上もあるが、そのうちスーパームーンは6〜8回しかない。
3月の満月は2021年最初のスーパームーンだった。座礁したのは、たまたま数日前だった。この満月の機会を逃さずに巨大なコンテナ船は離礁に成功したのだ。
この数日を逃せば、その後の離礁作業はさらに困難に直面する。例えばクレーンを用いてコンテナを船から下ろすと、運河の再開に数カ月を要する可能性もあった。
このためスーパームーンによる潮位上昇が望みの星だった。スーパームーンを見込んで徹夜で浚渫が進められた。離礁した3月29日は潮位が最大に近づき始めた日だった。間に合ったのだ。
スーパームーンは、月と地球の距離がそれより遠い満月の満ち潮よりも、45センチほど高くなる。たった45センチでも大型船の離礁には決定的な役割を果たす。
そして、そのほかにも地球の固体部分である岩全体を30センチも持ち上げる地球潮汐を毎日起こしている。スーパームーンのときには大きい。
じつは地震学の初期のころから、月や太陽の引力が地震を起こすのではという学説が根強くある。2011年の東日本大震(地震名は東北地方太平洋沖地震)でも、その説が流れた。一方、それを否定する説もある。いまは否定論の方が強い。
地球潮汐は地下数十キロメートルにも影響して、断層には数十〜数百ヘクトパスカルの力が加わる。だが地震を引き起こすひずみは、これよりも千倍も大きいからだ。
この3月のスーパームーンは今年の月の中でも4番目の明るさになった。コンテナ船の離礁で地元をはじめ、世界各地の関係者たちは、満月に感謝して、特別な思いで月を眺めたに違いない。
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