島村英紀『夕刊フジ』 2021年5月21日(金曜)。4面。コラムその397「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

いずれ天から何かが落ちてくる
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「地球上空には9000トン以上の宇宙ゴミ…いずれ天から何かが落ちてくる」 

 5月のはじめに東西両陣営の間で騒ぎがあった。もとは中国が打ち上げた中国版国際宇宙ステーション「天宮」のロケットのブースター。制御不能のまま、大気圏で燃え尽きないで地表に落ちて被害を生む恐れが懸念されていたことだ。

 これは4月29日に打ち上げた中国最大の運搬能力を持つ大型ロケット「長征5号B」の1段目が空になったものだ。中国当局は躍起に「地球の7割を占める海に落ちる確率が高く、人的な被害はない」と主張した。

 他方、地表に落ちる可能性があるので、米宇宙軍が追跡して結果を毎日発表した。だが再突入する地点は再突入の数時間前まで分からない。速度が大きい残骸がどこへ落ちるかを正確に予測するのは不可能なのだ。

 「長征5号B」のブースターは23トンの重さがある。制御不能で地球に落下する宇宙ゴミとしては1991年以降で最大、歴史上も4番目の規模だ。これより大きな宇宙ゴミは1979年に落下した米航空宇宙局(NASA)の宇宙ステーション「スカイラブ」と、1975年に落下したスカイラブのロケットステージ、1991年に落下した旧ソ連の「サリュート7」がある。いずれも人的な被害はなかった。今回も被害はなく、インド洋に落ちた。

 残骸が海ではなく、地表に落下する可能性もある。やはり長征5号が昨年にも打ち上げられ、部品がアフリカに落ちて、人的な被害はなかったが建物を壊した。

 そもそも地球の上空には9000トン以上の宇宙ゴミが漂っている。数十万から数百万の物体が制御不能状態で軌道を周回している。使用済みロケットブースターのほか、寿命を終えた人工衛星、軍による対衛星ミサイル破壊実験で生まれた破片などだ。これらはいずれは地球に落ちてくる。

 落下を制御するには多くの燃料、余計な部品を付けないといけない。それらを付けると打ち上げの効率が落ちてしまう。そこで、これらの装備を省いたのが中国なのである。一方、中国は「特殊な技術や設計が使われていて、大部分の部品は燃え尽きる」と主張した。

 もともとは、1967年に宇宙条約が締結されたとき、宇宙に進出していたのは米国と旧ソ連だけだった。だがその後、宇宙飛行を行う国や企業が増え、規制当局は、無法地帯は作りたくない一方で、宇宙空間で二国以外の優位性が高まるのが心配で、規則の導入には消極的なのだ。いわばジレンマである。中国はこの条約に入っていない。

 人工衛星の残骸には限らない。このほかに、甚大な被害を生むかもしれない140メートルを超える小惑星や隕石の3分の2が未発見なのだ。危険な小惑星を発見するには地球にいくつもない高性能の望遠鏡をちょうどの角度とタイミングで落ちてくる方向に向けなければならないからである。

 もっとずっと小さい直径17メートルの隕石でも、2013年に大被害が出た。この隕石はロシア西部・チェリャビンスクの上空で爆発して、衝撃波で東京都の面積の7倍も広い範囲で4000棟以上の建物を破壊した。なんの前触れもなかった。

 いずれ天から何かが落ちてきて、被害を生む可能性は低くはない。

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