島村英紀『夕刊フジ』 2013年5月31日(金曜)。5面。コラムその4:「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

「人造地震」の恐怖1 地中への廃液処理で発生

 人間が地震を起こすことがある。

  そのことが最初に分かったのは1962年のことだった。米国のコロラド州で放射性廃液の始末に困って、3670メートルもの深い井戸を掘って捨てたときだった。米空軍が持つロッキー山脈兵器工場という軍需工場の井戸である。

 すると、それまで地震がまったくなかったところに地震が起きはじめたのだった。

 多くはM4以下の小さな地震だったが、なかにはM5を超える結構な大きさの地震まで起きた。生まれてから地震など感じたこともない住民がびっくりして、地元では大きな騒ぎになった。

 工場では1963年9月末に廃棄を止めてみた。すると、10月からは地震は急減したのだ。

 だが廃棄を続けないと工場が困る。1年後の1964年9月に注入を再開したところ、地震が再発した。

 そればかりではなかった。水の注入量を増やせば地震が増え、減らせば地震が減った。1965年の半ばには注入量を増やし、最高では月に3万トンとそれまでの最高に達したが、地震の数も月に約90回と、それまででいちばん多くなった。

 量だけではなく、注入する圧力にも関係があった。圧力をかけずに自然に落下させたり、最高70気圧の水圧をかけて圧入したりしたが、圧力をかければかけるほど、地震の数が増えた。

 このまま注入を続ければ、やがて被害を生むような大きな地震が起きないとも限らない。このため、この廃液処理は1965年9月にストップせざるを得なかった。

 地震はどうなっただろう。11月のはじめには、地震はなくなってしまったのだ。水を注入したことと、地震の発生の因果関係は明らかであった。

 地震の総数は約700、うち有感地震は75回起きた。

 では、地下ではなにが起きていたのだろう。岩の中でひずみがたまっているとき、水や液体は岩と岩の間の摩擦を小さくして滑りやすくする、つまり地震を起こしやすくする働きをするのだ。いわば、地下のエネルギーを解放する「引き金」を引いてしまったのである。

 地下に入れた廃水は60万トンだった。震源は井戸から半径10キロの範囲に広がり、震源の深さは10キロから20キロに及んだ。これは井戸の深さの数倍も深い。

 震源が井戸より深かったのは、人間が入れた液体が岩盤の割れ目を伝わって深いところにまで達して、そこで地震の引き金を引いたのに違いない。

 あるいは、長い列車の後ろを押すと、いちばん前までの全体が動くように、注入した水の圧力が深くまで伝わったせいかもしれない。

 じつは人間が起こした地震は、その後、世界各地で起きている。ダムやシェールガスの採掘も地震を起こすことが怖れられている。次回からはそれらを見てみよう。

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