島村英紀『夕刊フジ』 2021年6月25日(金曜)。4面。コラムその402「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

クマムシ5000匹が宇宙旅行

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「人体の影響探るべく「クマムシ」5000匹が宇宙旅行 10年間の無代謝状態から復活も」

 宇宙旅行は年々行きやすくなっているが、じつはまだ多くの問題が残っている。なかでも大きな問題は、宇宙から来る放射線の人体への影響だ。

 かつて月に行った米国のアポロ計画に参加した宇宙飛行士は心臓や血管の病気での死亡率が高い。1968〜1972年にアポロ計画で11回、月への有人宇宙飛行が行われたが、「訓練は受けたものの地球を離れなかった宇宙飛行士」や、「国際宇宙ステーション(ISS)の乗組員のように低周回軌道内で地球の近くにとどまった宇宙飛行士」と比べて、4〜5倍も高い死亡率だった。

 これは、地球の磁気圏が作ってくれているバリアを越えて、たとえ短時間でも、その外側に行ったために違いない。

 ISSは「宇宙」といっても地球の半径の16分の1にしかすぎない。それでも、人体に多少の影響はないわけではない。これまでISSに滞在した宇宙飛行士は240名。滞在期間は数週間から数ヶ月が多く、長ければ1年だった。

 宇宙での人体への影響を調べるために「クマムシ」5000匹が「スペースX」に乗せられて、6月に宇宙に送られた。

 クマムシは大きさ0.05から1.2ミリメートルの小さな生物で、足が8本ある。世界中に住む。

 とても生命力が強い。150℃の高温から-200℃を下回る低温、真空から75000気圧の広い圧力の過酷な環境に耐える。放射能にも強い。人間の致死量をはるかに超える放射線を浴びても平気だ。

 クマムシは冷凍された状態でISSに送られ、そこで蘇生(そせい)して宇宙空間の放射線にさらされる。

 極端な乾燥で脱水状態にされても「乾眠」という無代謝の休眠状態になって、体重の85%ある水分を3%以下までに減らす。しかし水を与えると息を吹き返す。クマムシは10年間の無代謝状態からも復活できる。

 クマムシが送られる理由は変化があったクマムシの遺伝子を特定するためだ。宇宙空間での人体の旅行を遺伝子レベルで助けようというわけだ。

 いままでもクマムシは宇宙に送られた実績がある。2007年にロシアの衛星「フォトンM3」に乗せられた2匹のクマムシは10日後に無事に地球に帰還した。宇宙の真空と放射線に耐えて、生殖能力も失わなかった。

 また2019年に月面着陸に挑んだイスラエルの「べレシート(創世記)」にも乗せられていた。

 べレシートは着陸には失敗したが、クマムシは、バラバラになった着陸船から生き残ったのではないかという推測がある。クマムシなら拳銃の弾より速いスピードでも耐えるから、着陸船が墜落しても生き残っている可能性がある。月には生き延びたマムシが住みついているかもしれないのだ。

 なお、生物を月に送り込んでも国際法には違反しない。イスラエルはこれを狙った。

 火星は衛生や殺菌について厳格な規則が定められている。火星に生物を送り込むのは簡単ではない。

 これは最近の南極と同じだ。近年、南極に土を持ち込めなくなった。次の年に補給が来るまで新鮮な食材がない南極では、気安く土を持ち込んで越冬隊員が喜ぶ野菜栽培をしていたのである。

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