島村英紀『夕刊フジ』 2021年8月20日(金曜)。4面。コラムその409「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

気温の急激上昇が引き起こす「氷震」

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「気温の急激上昇が引き起こす「氷震」 氷河の重さや融解で「地震」を起こす場合も」

 米国・アラスカ州・ジュノーで6月末に2度の「地震」を感じた。ジュノーはアラスカの州都でカナダとの国境にある。

 感じた人々から言えば、二つとも立派な「地震」だ。一つ目はマグニチュード(M)が2.7。震源の深さは6.6キロ。二つ目はM2.6で震源の深さは9.4キロだった。

 だが、これは地震ではなく「氷震」だ。カナダ・アルバータ州立地質調査所によれば、気温が急激に上昇したときに地盤に含まれる氷が膨張して体積が変化して起きた。それゆえ地震ではないという。確かに温度が変われば氷の体積が変わって地震のような震動が起きても不思議ではない。異常な暑さが原因だった。南極でも氷震がときどき起きている。

 氷が本当の地震を起こす場合もある。氷河の重さゆえ、その下にある地盤が沈下したり、氷河が融けて沈下した地盤が上昇すると起きる地震だ。

 氷河時代に世界の多くの場所を覆っていた氷河は厚さは数千メートル。大変な重さだ。その氷河が消えて1万年だが、後遺症として数千年あとでも地震が起きている。

 氷河の融解によって、ふだん地震が起きない場所で地震が起きることがある。ひとつの例はローレンタイド氷床(ひょうしょう)だ。「氷床」とは面積で5万平方キロメートル、東京23区の80倍以上の面積の大規模な氷河を言う。カナダはもちろん、いまの米国の北半分を覆っていてニューヨークやシカゴもこの氷の下にあった。

 この氷河が消えてからかなりの期間が経つ。だが米国東南部で1811〜1812年にM8の巨大な地震、ニューマドリッド地震が複数回起きた。北米大陸での氷河の融解からは離れていたが、融解の影響が及んで起きたという学説があるのだ。

 このほか、「れっきとした」地震もある。「山はね」や「山鳴り」だ。

 日本でも北海道などで炭鉱や鉱山で採掘の途中で炭層の岩盤内にひずみのエネルギーがたまってやがて破壊するときに山はねや山鳴りが起きる。

 山はねはガス突出とともにもっとも恐れられている災害で、いままでにも多くの人命を奪った。大きければ通常の地震観測網にかかる。

 山鳴りはもう少し規模が小さい。周辺の岩盤内に発生する微小な弾性振動で、耳に聞こえるので「山鳴り」という。鉱山やトンネル工事現場が地下数百メートルに達したとき岩盤に亀裂が発生して成長すると起きる。

 山はねも山鳴りも、地震としては小さいながらも、地震そのものだ。採掘作業、つまり人間が地震を起こしたのである。

 地震かどうか、もっと疑わしい例もある。たとえば2015年に中国・山東省の石膏(せっこう)採掘場で崩落事故が起きて多数の作業員が生き埋めになった。このときにM4に相当する揺れが起きた。また同じ年に中国・広東省の工業団地で土砂崩れが発生して75人が行方不明になった。

 震動から言えば、立派な地震だが、こうなると、どこまでを「地震」というのか、線引きが難しい。

 いずれにしても、地震は疫病神でもある。山はねも中国でも、多くの人がこれら「地震」とともに亡くなっているのである。

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