島村英紀『夕刊フジ』 2021年10月1日(金曜)。4面。コラムその414「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

「火山の塩」は食べないで 微量の重金属と放射性物質も含有

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「「火山の塩」は食べないで! 微量の重金属と放射性物質も含有し、人体に有毒 」

 塩は大事なものだ。なければ身体を維持できない。古代ローマでは兵士の給料を塩で払っていたし、塩を通貨として使っていた例もある。

 上杉謙信が敵対していた武田信玄に塩を贈ったのは有名な話だが、このように塩は大事なものだった。美談として伝わっているが、武田信玄は塩を贈ったことを利用して、じつは儲けたという。

 人間には限らない。陸鳥のアオバトは、ふだんは海岸から遠く離れた山の森に棲んでいるが、毎日のように何十キロも飛んで来て海水を飲む。多くの野生動物も、どこに塩があるかを本能的に知っていて集まってくる。

 塩はいまは安くなったが、人口の35%が飢えているアフリカ・コンゴには貴重なものだ。

 5月に噴火したニーラゴンゴ火山(標高3470メートル)の泥流や火山灰には白いものがいっぱい混じっていた。舐めると塩辛い。人々は喜んでこの「塩」を採取した。

 コンゴ政府はこの夏に、ニーラゴンゴ火山の溶岩流に含まれる「塩に似た物質」について、食用に適さないので摂取しないよう警告した。「一般的な食塩ではなく有害なので、摂取を厳禁する」とある。ケイ酸質だが、微量の重金属と放射性物質も入っているという。

 5月の噴火では32人が死亡し、多数の家屋が破壊されて45万人が家を追われた。この火山は過去たびたび噴火していて2002年には約150人、1977年にも600人以上の死者を出している。

 火山から出てくる人体に有毒な重金属は多い。たとえば鹿児島・桜島からは銅、亜鉛、カドミウム、鉛、水銀が出てくる。どれも日本の鉱山や工場で重大な公害事件を起こした重金属だ。火山によっては、このほかの重金属の六価クロム、セレン、鉛、ヒ素、フッ素、ホウ素などが出てくる。

 海底にある熱水鉱床も火山と同じマグマ起源のものだが、こちらもコバルトや各種のレアアースなどが出てくるものが多い。人体に直接取り込んだら有毒だが、資源としては有用なものが多い。資源小国の日本にとっては大切なものだ。

 そもそも鉱山や熱水鉱床から産出される金属はマグマが運んできたものなのだ。

 エネルギー資源にも乏しい日本だが、地下でマグマが生んでいる地熱埋蔵量は世界有数だ。地熱発電はもっぱらマグマの熱を利用する。

 日本でいままで地熱発電があまり行われてこなかったのは国立・国定公園の中で掘削や開発事業をしてはいけないという自然公園法の制約と、温泉が枯れるのではないかという温泉業者の反対によるものだ。日本で発電が可能な場所の8割は国立・国定公園内にある。

 しかし事情が変わった。環境省の2012年の指針は小規模な発電設備の建設を認め、公園の外から公園の深部に斜めに掘削する方法を容認する方針も加えた。これにより地熱発電は3倍以上に広がる。これから地熱発電は盛んになるだろう。

 ところで地熱発電が盛んになると、硫化水素や、砒素などの重金属といった種々の有害なものが上がってきてしまうという厄介な問題がある。

 火山は噴火して害を及ぼす。だが、地球の奥深くから金属を運んでくるものでもあるのだ。

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