島村英紀『夕刊フジ』 2022年4月29日金曜)。4面。コラムその443「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

発見された3800年前の巨大地震の跡

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「南米・チリで発見された3800年前の巨大地震の跡 反対側のニュージーランドで津波の影響も」


 世界最大の地震はどのくらいだろう。大きな地震はあるが、日本中の家が倒れたり、地球が半分に割れるような地震はない。それはプレートの厚さが30〜150キロメートルと限られているからだ。プレートが地震を起こす。地球の半径は6370キロメートル、ほとんどは柔らかいもので、それに比べればプレートの厚さはごく薄いからだ。

 いままで最大の地震と考えられてきたのは1960年の南米・チリに起きた「チリ地震」だった。マグニチュード(M)は9.5だった。

 チリはナズカプレートが南米プレートの下へ潜り込んでいるところで、その中南部、長さ約800キロにわたる領域が滑ったことで「チリ地震」が起き、大きな被害を出した。この地震で6000人が命を落とした。

 東日本大震災(地震名は東北地方太平洋沖地震、M9,0)で、400キロメートルが滑った。チリ地震はさらに地震エネルギーが6倍も大きい。

 チリ地震による津波の被害は日本でも甚大だった。当時、気象庁は地球の反対側に起きた大地震からの津波が襲ってくるとは思わなかった。今だったらマスコミの袋だたきに遭っていただろう。いきなり襲ってきた津波に日本だけで死者行方不明者142人を生んだ。

 しかしM9.5の世界記録が塗り替えられた。この4月に科学雑誌に発表された。チリ北部で掘削したら3800年前の巨大地震の跡が発見されたのだ。チリは南北に長い国だが、その北部でこの地震が起きていた。

 地震は1960年にチリ中南部で起きたチリ地震よりも大きかった。Mは10近かったのではないかと思われる。

 チリ北部沿岸では1877年に約M8.の「イキケ地震」が起き、その南方で1922年に約M8.5の「アタカマ地震」が起きた。約3800年前には、これらの震源断層面をほぼ全部含む長さ約1000キロの領域が滑った。

 内陸数キロまで押し流された自動車ほどもある岩が見つかった。また内陸深くのアタカマ砂漠で、沿岸部にしかない小石や砂のほか、貝殻や海の生物の死骸が流されてきた。放射性炭素年代測定法では、それらは3800年前に流されてきたことが判明した。沿岸600キロの範囲で内陸から集めた資料の分析では、いずれも地震時に流されてきたことが分かった。

 この地震以後、約1000年にわたって沿岸部から人が消えた。それほど長い間、地震の影響が残ったのだ。

 津波も大きかったろう。地元はもとより、日本でも地震も感じないのに大津波が襲ってきたにちがいない。その頃は日本人やアイヌ人が住んでいたが記録は残っていない。日本と同じく太平洋の反対側にあるニュージーランドでは津波で海底から巨岩が上がっているのが見つかっている。

 じつはチリ地震のときに地球の自由振動が初めて発見された。周期が1時間、振幅は0.03ミリメートルほど。人間には小さすぎて感じないが、釣り鐘のように地球が震える現象だ。空中に浮いている球ならではの事件だ。

 地震の観測器がなかった3800年前の地震も、地球の自由振動を起こしていたにちがいない。

この記事
  このシリーズの一覧


島村英紀・科学論文以外の発表著作リストに戻る
島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」へ
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
島村英紀が書いた「もののあわれ」
本文目次に戻る
テーマ別エッセイ索引へ
「硬・軟」別エッセイ索引へ