島村英紀『夕刊フジ』 2022年11月25日(金曜)。4面。コラムその471「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 



「安全な地」が「浸水域」に

sの題は「「安全な地」が「浸水区域」に…住民に広がる不安と困惑 政府、8道県272市町村を「地震防災対策推進地域」に指定」

 日本の東にある千島海溝と日本海溝で想定される大地震と大津波について、政府は中央防災会議を開いて新たに津波避難対策を強化する地域を指定し、合わせて地震防災を推進する地域を追加した。北海道から千葉県までの8道県272市町村を「地震防災対策推進地域」に指定した。

 地元は慌てた。青森、岩手、宮城の各県が政府の発表以後、巨大地震による新たな津波浸水想定や被害想定を公表し、浸水区域に含まれた自治体や住民に不安や困惑が広がっている。

 新たな想定を受け、自治体も対応に迫られている。新たな想定を受け、自治体が対応に迫られている。東日本大震災で甚大な被害が出た岩手や宮城の沿岸地域では、被災者が「安全な地」と信じ移り住んだ先も浸水する恐れがあるとされる。

 青森市などは政府の発表以後、ハザードマップを改定し、いつ起きるか分からない災害への対応を急ぐ。

 青森市は33平方キロメートルが浸水区域となり、指定避難所など334カ所のうち29カ所も含まれた。これまで陸奥湾からの大規模な津波は想定しておらず、新たに浸水区域の指定が必要になった。

 八戸(はちのえ)市も指定避難所7カ所、津波避難ビル6カ所が浸水区域に含まれ、4月にハザードマップを改定した。想定では第一波の到達時間が平均10分以上短くなったうえ、浸水区域は従来の1.4倍近くまで拡大した。震災後に避難誘導標識を設置したが、抜本的な見直しが必要となった。岩手県や宮城県でも大騒ぎだ

 そもそも、文字を持たない先住民族が住んでいた北海道や東北地方では地震の歴史は200年もたどれない。西日本では2000年以上も記録が残っているのとは大違いだ。

 でも、数百年に一度の地震は東北日本にも西日本にも来る。もしかしたら、近々に迫っているかもしれない。

 唯一の頼りは掘削調査だ。東日本では津波がどこまで上がってきたかの調査が行われている。地味な調査だが、内陸数キロまで掘って、海の砂がどこまで、どのくらい上がってきたかを調べている。大きな津波が来たことはこの調査でわかる。

 年代はたまたま炭素14で年代測定が可能なものがあればいいが、一般にはわからない。地層の堆積速度から推定することもあるがあてにはならない。

 このため東日本では「大きな津波が昔、襲ってきた」ことはわかっても「いつ、どんな地震が」あったのかは曖昧さが残る。地震の規模を示す想定のマグニチュード(M)は日本海溝地震が9.1、千島海溝地震は9.3。いずれも東日本大震災の9.0を上回る。

 しかし、ほおっておくわけにもいかない。今回、千島海溝と日本海溝で想定される大地震と大津波について、政府は新たに津波避難対策を強化する地域を指定し、合わせて地震防災を推進する地域を追加したのはこういう事情がある。

 いつ来るかわからない地震。しかし、いずれは来るに違いない地震。それに備えるために新たな対策が必要になっているのである。
 
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