島村英紀『夕刊フジ』 2023年5月12日(金曜)。4面。コラムその491「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

ダムが引き起こす「内陸の津波」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「ダムが引き起こす「内陸の津波」 地震でできた自然ダムが決壊、大洪水を起こした例も 予兆なく襲ってくる災害」

 氷河湖と呼ばれる地形がある。氷河が溶けて自然のダムとして作られる。大きさはまちまちだ。

 音もなく予兆もなく氷河湖の決壊が起きる事件が起きる。時として大きな被害を生む。気温が上昇すると氷河が溶け出し、氷河湖の水位が上がる。また周辺の土壌や氷が崩壊すると、湖水があふれて洪水を生む。予兆もないのがこの種の氷河湖の決壊だ。

 パキスタンでは北部のギルギット・バルチスタン州では同年だけで少なくとも16回の氷河湖決壊が発生した。ここでは地球温暖化で前年から大幅に増えた。人々は氷河湖から約10キロ以内にも住んでいる。

 ペルーのブランカ山脈では1941年以降、雪崩や氷河湖決壊などが30回以上発生し、1万5000人以上が死亡している。

 氷河湖の決壊の半分以上はパキスタン、インド、ペルー、中国の氷河国4カ国に集中している。

 氷河湖決壊で今後世界で1500万人もが襲われる可能性がある。温暖化で、地球上の氷河の半分が今世紀末までに失われるかもしれない。

 氷河湖決壊ではなくても、ダムから来る内陸の津波がある。やはり前兆はない。

 紀元前1900年頃に起きた地震の土砂崩れで、中国で山峡を通る大河、黄河がせき止められた。地震で出来たダムが半年ほどで持ちこたえられなくなり、崩れて水が下流の低地帯を襲った。160億トンという途方もない量で、この大洪水の後、王朝の始祖、禹が黄河の治水に成功して、中国ではじめての王国「夏」を作った。

 しかし日本でも予兆もなく襲ってくる内陸の津波がある。それらは地震時に起きることが多い。

 2011年に起きた東日本大震災で福島県の内陸に75キロ入った須賀川(すかがわ)市にある藤沼ダムが崩れた。震源から随分離れている。濁流が家屋をのみ込んで7人が死亡、男児1人が行方不明になった。家屋19棟が全壊・流失し、床上・床下浸水した家屋は55棟にのぼった。流木の破壊も激しかった。被害は田植時期の土も流出した。貯水容量は150万トンあり、被災時はほぼ満水状況だった。

 例は福島だけではない。2016年に起きた熊本地震で、山中にある黒川第1発電所(熊本県南阿蘇村)のダムの大量の水がふもとの集落を襲った。集落で少なくとも民家9戸が壊れ、2人が亡くなった。水量は約1万トンだった。

 長野県で地震で出来た自然ダムが決壊して大洪水を起こしたことがある。1847年に信州(いまの長野県)で起きた善光寺地震。死者は市中だけで2500人にもなったが、この地震の震災はそれだけではなかった。

 この地震による山崩れは、4万ヶ所以上に及んだ。なかでも犀川(さいがわ)右岸の岩倉山(虚空蔵山)の崩壊は日本史上、もっとも大規模な山崩れだった。斜面の崩落は、犀川をせき止めて高さ50メートルにもなり巨大な堰止め湖が作られ、その崩壊でいくつもの村が水没した。この洪水で流失家屋810棟、死者100人余りを生んだ。

 大量の水を湛えているダムが地震で崩壊したら、大きな被害を引き起こすことがあるのだ。

 
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