島村英紀『夕刊フジ』 2014年10月31日(金曜)。5面。コラムその75 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

新潟県中越地震から10年 「人災」と余震予想に課題浮き彫り

 先週10月23日は新潟県中越地震(マグニチュード(M)6.8)からちょうど10周年の日だった。

 この地震は川口町(現長岡市)で震度7という日本では最大の震度を記録した。だが地震発生直後には停電で衛星通信端末が止まり、当初は小千谷市などで観測された震度6強が最大震度だとされていた。

 地震10周年ということで被害の中心になった長岡市では犠牲者68名を追悼する式典が開催された。また山古志村(現長岡市)など被災各地では追悼のロウソクがともされ、発生時刻の午後5時56分に犠牲者に黙祷(もくとう)をささげた。

 私が地震学者として忘れられないことがある。それは、この地震の犠牲者のうち地震による直接の死者は16名しかいなかったことだ。あとの50名以上はストレスや深部静脈血栓症、いわゆるエコノミークラス症候群などによる地震後の関連死だった。

 避難した人たちから地震後に犠牲者を出すのは天災というよりも人災というべきであろう。

 また、気象庁の余震の発表が「当たらなかった」ことも忘れられない。

 地震後に気象庁が発表した余震の見通しはたびたび裏切られた。

 気象庁は3日以内の最大震度5強以上の確率は10%と発表していた。だが実際には震度6を超えるものだけでも4回もあり、なかでも震度6強という強い余震も2回あった。地震後、10月の末までに600回、11月末までに825回もの有感地震(身体に感じる地震)の余震があった。

 この地震はほかの大部分の地震とちがって地震断層がひとつではなくて複雑だった。このために気象庁の予測発表を上回る余震が何度も繰り返されたのだ。

 余震の起きかたには経験則しかなく、しかも例外も多い。気象庁が記者会見で発表しているのは、たんに平均的な経験例にもとづいているだけなのだ。このため気象庁の余震の予想が外れることは多い。

 一般には震源が浅い地震ほど余震が多く、震源が深い地震には余震がないこともある。

 また余震の最大マグニチュードは本震から1くらい小さいことが多い。しかしこのときの余震でもM6.5が起きたし、本震とほとんど同じ大きさの余震が起きて双子地震と呼ばれるようになることさえある。他方、最大の余震が本震よりずっと小さいこともある。

 最大の余震は本震の後、数日以内に起きることが多いのだが、これもいつもあてはまるわけではなく、半月以上たって起きることもある。たとえば東日本大震災を起こした東北地方太平洋沖地震(M9.0)では約1ヶ月あとになって最大の余震が起きて宮城県北部と中部では、余震の中で最強だった震度6強を記録した。Mは7.1だった。

 気象庁はこの種の余震の見通しの発表をこの地震に限らず続けている。しかし、どんな余震がいつ起きるかを正確に予測することは現在の学問レベルでは不可能なのである。

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