島村英紀『夕刊フジ』 2014年11月14日(金曜)。5面。コラムその77 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

温暖化調査のカギ握る「棚氷」地震計

 この11月に南極最大のロス棚氷(たなごおり)の上に16台の地震計が設置される。

 ロス棚氷の面積はフランスほどある。幅は800キロ。その氷の厚さも200メートル以上ある。

 棚氷とは南極大陸をとりまいて海に浮いている平らな氷のことだ。1911-1912年に南極点初到達を争ったアムンゼンもスコットも、このロス棚氷から上陸した。昭和基地とは反対側の南極にある。

 地震計を置く目的はこの巨大な棚氷が海の波にどのくらい揺すぶられるかを知ることだ。

 棚氷は揺すぶられることによって壊れる。そして棚氷が壊れると、それまで棚氷に押さえられていたために流れ出さなかった南極大陸の氷河が海に流れ出してしまう。

 棚氷は海に浮いている氷だから、融けても海の水が増えるわけではない。コップの水に浮いた氷が融けても水が増えないのと同じだ。その意味では北極海の氷も同じだ。たとえ地球温暖化で北極海の氷が融けても海水が上昇するわけではない。

 しかし日本の面積の33倍もある南極大陸の広大な氷河が融けることは地球全体の海水が増えることを意味する。ツバルやキリバスなど標高が数メートルしかない太平洋やインド洋の島国が水没してしまうことになるのだ。

 南極全体はお椀を伏せたような形をしていて、そこに最大では4000メートルもある氷河が載っている。それが流れ出さないように押さえているのが棚氷なのだ。

 つまり南極最大のロス海の棚氷が将来どのように海の波の振動で壊されていくのか、それは南極の気温や季節とどんな関係があるのかを調査することが、地球温暖化による海水面の上昇のカギを握っているのである。

 南極のまわりの海は一年中荒れるので有名だ。マゼランが世界一周の航海で、もっともてこずったところでもある。この荒れた海を越えたことがある船乗りは人と話すときに、机の上に足を投げ出したままでいい、というのが世界の船乗りの決まりだというほどだ。

 私がポーランド船で越えたときにも船は左右にそれぞれ40度以上も揺れ、食事に出てくる船員や科学者もみるみる減っていった。ビューフォート風力階級は最高の10まで行った。そのうえ私が乗った船のスクリューと舵の軸が曲がってしまった。

 ロス棚氷での研究計画には米国の2つの大学が参加する。荒れた南極海の波からの振動を棚氷の上で捉えようというこの計画では、氷全体が上下するゆっくりした揺れまで記録できる「広帯域地震計」というものが使われる。

 設置されて足かけ3年間の観測を続ける予定だ。これなら季節変化も十分に捉えられる。なお地震計のほかにそれぞれの地点に気圧計も設置される。

 この地震計は、ほかの大多数の地震計とちがって地震を記録するのが目的ではない。だが、地震計は高感度の振動測定器でもあるわけだから、地震以外にもいろいろな用途に使われるのである。

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