建築の雑誌『施工』(彰国社)

シリーズ連載「地震学の冒険」1999年9月号

(この文章は加筆して島村英紀著 『地震学がよくわかる−−誰も知らない地球のドラマ』に収録しました)

その27:海底地震学者は哲学者になれる

 前回には、私の商売道具である海底地震計を完成するために耐圧容器を作った話をした。今回は、その続編である。海底地震計は売っているものではないから、私たちは1960年代の終わりから、十年以上もかかって自分たちで作り上げてきた。いまだに、少しずつ改良を続けている機械なのである。

 さて、耐圧容器が出来たら、次に考えるべきは、どうやって海底に設置し、どうやって海底から回収するかである。

 陸上で観測することにくらべて、海底で観測することには、多くの困難がある。いちばんの困難は、深海が人間が簡単に行けるところではないことだ。このため、無人の観測器を作って、無人の観測をしなければならない。

 その意味では、宇宙を探りに行って、データを取って帰って来る宇宙探査ロケットのようなものだ。

 海底地震計は数千メートルの海底まで降りて行って、そこで観測をして、観測が終わったら海面まで帰ってくるものでなければならない。潜水艦のように、せいぜい数百メートルまでしか潜らないのならば、電池と、その電池で駆動されるスクリューで上下できるかも知れないが、この深さでは、動力を使って上下するわけにはいかない。電池だけでもたいへんな量になってしまうからだ。

 さまざまな試行錯誤の末に、海底地震計が自分で海底まで降りていき、自分で上がってくる仕組みにした。自由落下・自己浮上という方式である。

 どうやって、こんなことができるのだろう。それは、海底地震計にあらかじめ浮き(深海ブイ)を取り付けて、全体として水に浮くようにしておく。そして、それに錘(おもり)を取り付けると、水よりも重くなる。これを海面に降ろすと、海底地震計は自分で海底まで沈んでいくという仕掛けなのだ。観測が終わったら、海底地震計は自分で、着いている錘を外す。すると海底地震計は水より軽くなるので、自分で海面まで帰ってくるという仕組みなのである。

 この仕組みのおかげで、海底地震計を海底に設置したり、海底から回収したりするための船には、特別な深海用の設備はなにも必要としなくなった。また前回に書いたように、私たちの海底地震計は40kgほどの重さなので、どんな船を借りても、つまりどんな小さな船でも、海底地震計の観測ができるようになったのであった。

 しかし、容易に想像できるとおり、この仕組みには無上の信頼性を必要とする。宇宙探査ロケットと同じで、電気回路でも機械部品でも、どこかたった一カ所でも不具合があれば、もう海底地震計は永遠に帰ってこないからである。

 もちろん私たち大学の研究者が使える予算は限られているから、探査ロケットのように莫大な費用をかけて作るわけにはいかない。そのうえ探査ロケットとちがって、少なくても数台、多ければ40台もの海底地震計をひとつの実験に使わなければならない。

 いまでこそ、ひとつの観測に海底地震計を20-40台も使える規模になった。しかし、最初のころは、虎の子の海底地震計を1台か2台だけ持って観測に出かけていた。

 海底地震計を使った観測は場合によっては何年もの準備がいる。研究費を工面する。ようやく船を借りて海へ出る。人工地震のための震源も用意する。たった1カ所のハンダ外れのせいで、それが全部フイになってしまうのである。

 もし海底地震計が帰ってこなかったら、大変な損失だ。失った機械。得られなかったデータ。無駄になった観測のチャンス。無にしてしまった船の人たちの努力と好意。無為に過ごした私たちの人生。どれも痛い。

 しかし、それ以上につらいことがある。失敗から学べないことだ。陸上の観測ならば、機械の不具合があれば、現場へ行って直せばいい。そこに機械があるわけだから、どこが故障しているのかは見れば分かる。しかし、もし海底地震計が海底から帰ってこなかったら、それはどこが悪くて帰ってこなかったか、という手がかりをも同時に失ってしまったことを意味しているのである。

 どこが悪くて失敗したかが分からないから、改良のしようもない。部品の故障だろうか。製作のときの品質管理が悪かったのだろうか。設計のときに考えおよばなかった外力がかかったのだろうか。どれも想像でしかない。このため、部品のテスト、信頼性の見直し、再現テストといった、もしかしたら問題のない項目も含めて、無味乾燥な作業をくり返さなければならない。

 じつは私たち科学者の世界は、研究結果を得て論文を書いてなんぼの世界である。海底地震計にかぎらず、なにかの機械を開発しても、それで科学的な成果を得てはじめて科学者として評価されるのである。機械の開発に手こずっているあいだは、研究の成果は出ないのだ。

 一方で、すでにある他人のデータを使ったり、理論計算をしている科学者も多い。彼らには私たちのような不運も苦労もない。たまたま研究がうまくいかなかったとしても、それは自分の能力のせいだからあきらめもつこう。海底で地震を測るとは運の悪い職業を選んでしまった、と天を呪いたくなることもあるのだ。
 一応、私たちには追うべき理念はある。既存のデータだけを使っていては、とうていできないことがある。つまり、新しい観測の窓を開いて、いままでにないデータを自分の手で得たい。それこそが進歩だ、というのが私たちが持っている哲学なのである。

 じつは、海底に設置した海底地震計が浮いてこないことだけが失敗ではなかった。

 最初のころは、観測が終わって海底地震計を浮上させるのに、タイマー(時限装置)を使った。つまり、設置する前に、あらかじめ浮上させる日時を指定しておく仕掛けである。その日になったら、船を出して、海底地震計が海面に浮上してくるのを待っていればいい。なかなか合理的な仕掛けのはずだった。

 ところが、思わざる敵がいた。天気である。何週間か先の天気を読むことは不可能だ。台風が来ることさえある。私たちが借りることができる船は小さいから、天気が悪いときには、その海域にまで行けないことが多い。いったん海面に浮いた海底地震計は、海流や風に乗って、どんどん流されていく。2、3日して海況が回復してから行ってみても、海底地震計は、百km以上も先を流れていることになる。

 いちおう、数kmほど流れても発見できるよう、海底地震計には無線発信器や写真のストロボと同じクセノンフラッシュを付けてはいる。しかし、100kmもの遠くまで流れてしまえば、とても見つかるものではない。

 この失敗に懲りて、いまは超音波を使って海底にある海底地震計に浮上する指令を与える方式にした。つまり現場に行ってから浮上させる仕組みだ。しかし、これはこれで苦労の積み重ねだった。

 こうして、私たちは何回、海底地震計の失敗に泣いたことか。悪妻を貰うと哲学者になれるというが、その意味では私たち海底地震学者も、すでにかなり哲学者の素養を身につけているはずである。

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