毎月初めに特集を掲載
2003年5月1日

地震はどこでも起こりうる

予知から防災に対策転換



 「東海地震は予知できないと思う」。中日新聞の調査で住民の60%がそう答えた。ただし、予知できると思っている人も30%いる。観測データの異常をキャッチする「直前予知」は究極の防災手段だが、地震学者の間でも「できる」「できない」と意見は対立する。突発的に起きた阪神大震災をきっかけに、国の組織から「予知」の二文字が消え、予知をめぐる言い回しも微妙に変わってきている。

 

  阪神大震災きっかけ

 国の地震対策は一九九五年一月の阪神大震災をきっかけに「予知」から「防災」に大きくシフトした。予想外の地域を突然襲った大地震が数十年来の予知計画も大きく揺らしたのだ。研究機関の名称から「予知」の二文字がぱったり消えたのがその表れだ。

 国は、東海地震の発生の可能性が指摘された七六年、科学技術庁長官(当時)が本部長を務める「地震予知推進本部」を設置した。地震の調査や研究の主眼を「予知の実用化」に置き、発生直前の予知警報の可能性などを学術的に探っていた。

 ところが、阪神大震災は国民に「地震予知はできない」との印象を抱かせ、一部の学者が取り組む「予知神話」を疑問視する声も地震研究者の間から出た。

 国は地震対策の大幅な見直しに着手し、地震防災対策特別措置法の制定(九五年七月)に伴い予知推進本部を廃止。予知の看板を下ろした「地震調査研究推進本部」に切り替え、科技庁(現文部科学省)に置いた。

 新しい推進本部は「地震は全国どこでも起こり得る」との立場を強く打ち出し、研究成果を実際の防災活動につなげることを重視している。活断層の分布や地震が起きる確率を示す「地震動予測地図」の作成が当面の狙いで、全国の主要九十八活断層帯のうち三十四断層帯と、海溝型地震のうち南海トラフ沿い(東南海、南海)、三陸沖から房総沖にかけての地震、そして千島海溝沿いの地震評価を終えた。ただ、これらの予測期間は三十年から百年と長期。従来の予知の実用化とは一線を引く内容だ。

 直前予知が可能な唯一の地震とされる東海地震でも、国の言い方は「すべてのケースで予知できると誤解されている面がある」(内閣府)とトーンダウンしている。

 内閣府防災担当によると、震源域のプレート(岩板)が前兆的にすべるプレスリップ現象が起きた場合は「ほぼ100%の確率で直前予知が可能」だが、これ以外のケースでは判定会の招集も警戒宣言の発表もないままいきなり地震が襲ってくる可能性を認めている。

 鴻池祥肇(よしただ)防災担当大臣も就任間もない昨年十一月のインタビューで「これまでは予知を含む事前対策がクローズアップされてきたが、大切なのは地震が起きた時と起きた後の対策」と話した。

 ただ、予知から防災へのシフトが進む一方で、現在も予知の看板を掲げ続ける機関もある。六九年四月に発足し、国土地理院に事務局を置く地震予知連絡会(予知連)。各地域の地殻変動などの観測データを年四回の会合で評価している。

 阪神大震災前は研究成果が注目され、現在も内閣府などにデータが提供されているが「文科省の地震調査研究推進本部ができて防災上の意味合いが薄れ、こちらは純学問の研究機関の性格が強まった」と国土地理院は説明する。

 内閣府が所管する中央防災会議の専門調査会、文科省の地震調査研究推進本部、気象庁の判定会、国土地理院の予知連。同じ国の機関ながらメンバーが重複するなど、縦割りによる効率の悪さを指摘する声もある。



地震予知はできるのか。地震防災対策強化地域判定会会長の東大名誉教授・溝上恵氏と、北海道大学教授の島村英紀氏にインタビューし、対論の形でまとめた。

手口分かっている「凶悪犯」 「ほうっておけない」

地震防災対策強化地域判定会会長 溝上 恵(みぞうえ・めぐみ) 東京大大学院理学系研究科地震学専攻博士課程修了。1965年から同大地震研究所勤務。96年から、警戒宣言の発令を首相に要請すべきかどうかを判断する地震防災対策強化地域判定会会長。66歳。

 

 一般的にいって「地震予知」は現状では難しいでしょうね。ただ、誤解されたくないのは東海地震は「予知」するのではなく「早期検知」のため、努力している。

 星を見たり、雲を見て、いついつ、どこどこと適当に「予知」しても有感地震はしょっちゅう起こっているから当たることもある。

 東海地震での早期検知はそれとは次元が違う。東海地震は駿河トラフに沿ったプレート境界を震源域とする海溝型巨大地震で、海溝型は同じタイプの地震がほぼ一定間隔でおきる。

 発生のメカニズムは分かっており、断層全体がいきなりずれるのではなく、一部分が小さく緩やかにずれだす。断層運動のごく早期の小さいずれのことをプレスリップ(前兆すべり)といい、これを可能な限り早くとらえたい。プレスリップはまさに断層がずれ、加速し始めた状態で、止めようがない。地震は必ず起きる。地震を「予知」するのではなく起こり始めをとらえるのが「早期検知」だ。

 プレスリップは一九四四年の東南海地震のときに出た。それから東海地震の観測態勢は飛躍的に進歩し、当時より相当ちっぽけな規模でもつかまえることができる。

 東海地方に埋蔵されている歪(ひずみ)計は十九地点にあり、一億分の一程度の地中の変化をとらえ、二十四時間、リアルタイムで気象庁にデータを送り、連続監視している。歪計のすき間でスリップが始まることはあり得るが、GPS(衛星利用測位システム)や傾斜計など観測網を結集すればつかまえる可能性はかなり高い。

 むしろ、問題はその時間。できれば東海地震の揺れが起きる一、二日前に見つけたい。シミュレーションではデータノイズの原因となる雨など悪条件があっても四四年の東南海地震の例と同規模のスリップなら、二、三日前には確実にとらえることができる。

 早期検知というのはミステリアスなところはまったくない。メカニズムの分かった地震を日進月歩の技術で科学的に観測している。予算も気象庁でいえばせいぜい年間一千万円程度。地震が起きたときの被害とけたが違う。監視を続けないと必ず後悔することになる。

 内陸型の地震は前兆のメカニズムが十分に解明されていないし、海溝型でも東海地震以外は観測態勢が整っていないので、現状では早期検知も無理。防災対策は突発的に起きることを想定するのが基本なのは間違いないが、心構えがあっても発災後、数分以内で襲ってくる津波なんかは避けようがない。早めに警戒宣言が出せればたくさんの命が助かる。東海地震については発災前の予防対策と、発災後の救急救援に加え、早期検知という地震防災の三つ目の柱があり、避けようのない被害を避けられるかもしれない。その可能性はどんどん高まっている。

 東海地震は人相、手口の分かっている「凶悪犯」のようなもの。身辺でうろちょろしているのを知っていてほうっておくわけにはいかない。


メカニズム分かっていない 「正直に説明すべきだ」

北海道大学教授 島村 英紀(しまむら・ひでき) 東京大大学院理学系研究科地球物理学専攻博士課程修了。北海道大助教授を経て1979年、同大の初代海底地震観測施設長。98年に同大地震火山研究観測センター長。国内外で地震観測の実地調査に取り組む。61歳。

 東海地震の予知は、現段階では難しいと言わざるを得ない。予知の前提は、地震が起きるメカニズムが物理学的に解明されていることだが、地下の震源で何が起きているかということを時々刻々と把握できるわけではなく、警戒宣言を出して社会的規制を加える実用的な段階とは到底言えない。だが、日本では、地震のメカニズムを解明できる見通しがないまま、予知によって被害軽減が可能になるという夢を追う形で巨費が投じられ、国家計画として予知研究が進められてきた。

 地震予知研究は約四十年前に科学者グループが始めた。そのころ、世界中で多くの前兆現象が報告され、予知への期待が膨らんだ。メカニズムは分からないにしても、とにかく予知が成功すればそれなりの価値はあるし、その後で科学がついてくるという発想で、政官一体となって計画を大きくしてきた。

 その後、前兆といっていたものと地震との物理的な因果関係が怪しくなってきたが、東海地震計画は走り出してしまっていたため、国は地震予知は一般的には難しいが東海地震だけは別だといういい方をするようになった。だが、地震学の常識からいえば、東海地震だけが他の地震と違う起こり方をしたり、前兆がつかまえられるということはあり得ない。大きな矛盾を抱えたまま今に至っている。

 前兆現象があるとしても、その現象とその後に起きる地震との関連について説明できなければ、前兆とは判断できない。最近、断層の一部が加速的に滑り出すプレスリップ(前兆すべり)をとらえられれば、目前に迫っている東海地震を予知できると言われ始めた。


 一九四四年の東南海地震で、掛川(静岡県)で測量していた人がプレスリップらしきものをとらえたが、あくまで数ある前兆の一つ。つかまえられれば予知できる可能性はあるが、本当にあるかどうかはもちろん分からないし、それがそもそも前兆かどうかも分からない。

 不意打ちに地震が起きると考えて対策を立てるべきだ。「家を強化しなくても、警戒宣言が出たら外に逃げればいい」と国民に思わせるようなことがあってはならない。

 地震という現象がどんなものであるかということは少しずつは分かってきているが、メカニズムを解明した先にしかきちんとした予知はあり得ない。本当は分かっていないということを正直に説明すべきだ。

 研究を進めれば何とかなる、と国民に幻想を抱かせながら多額の研究予算を得てきた科学者の側にも反省すべき点がある。間違いが分かったらきちんと修正すべきで、学問の方が変わってきた以上、国の仕組みも変わらなければ困る。

 九五年の阪神大震災以降、予知は無理だというムードが広がり、国は「地震予知」という看板を下ろしたが、名前が変わっただけで機関も研究もそのまま継続している。地震予知に関する組織(※島村英紀注)が別々の官庁にいくつも作られたが、国民の側からみれば明らかに無駄だ。

(※注:「地震予知連絡会のような委員会」が正確な言い方です)



1944年  

東南海地震

前兆的地殻変動 記録生々しく

 一九四四年十二月七日に起きた東南海地震の直前、前兆的な地殻変動が測定されていた。プレスリップ理論の出発点ともいえる土地が隆起した測定記録は、静岡県掛川市付近で水準測量をしていた陸軍省陸地測量部の測量官が残した手記に生々しく記されている。

「十二月六日夜、当日の観測値を整理していると、夕方観測した水準点で、三日前と比べ三ミリの差が生じた。七日午前七時十分に観測を開始した。(略)いつものように午前中の観測値と比較して信じられないような数値だ。昨日も三ミリの差が出た。今日、続けてまた。(略)いつものように観測しようとレベルを合致させようとするも、レベルの気泡が動いて静止しない。たんぼの中の一本道で強い風が吹き抜けていた。日傘で風よけを作らせたり、器械のセットをやりなおしたりいろいろ試みたが、レベルの動きはますます大きくなるばかりであった。そのうち、大地震が起き、瞬間、道路が波うってくるのが見えた」(一部抜粋)

2003年5月1日・中日新聞に掲載(池田千晶記者)


Copyright (C) 2003, The Chunichi Shimbun

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