『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2005年2月22日夕刊〔No.321〕

偶然の、また偶然

 事実が物語よりも数奇なことがある。国立極地研究所の地下室にある重さ13.5キログラムの岩のことだ。灰色で、なんの変哲もない。日本の南極観測隊が南極から持ち帰った岩だ。

 この岩は火星のマグマがゆっくり冷えていって結晶して出来た岩だ。結晶したのは約13億年前である。

 ところが千万年前に、巨大な隕石が火星に落ちた。大変な衝撃で、火星の表面はおろか、かなり深いところまでの岩を壮大に弾き飛ばした。

 弾き飛ばされた岩のほとんどは火星の引力のために火星に落ちた。だが、なかには、あまりに激しく飛ばされたために、引力圏を脱して宇宙へ飛び出したものもあった。飛び出した岩も、やがて太陽の引力に捕まり、太陽のまわりを回っている、夥しい数の隕石の仲間になった。

 飛び出して500万年ほどたったとき、近くをたまたま地球が通りかかり、地球の引力圏に入った。飛び出した岩も地球も、別々に宇宙を回っているのだから、これは大変な偶然だ。

 地球の引力に捕まった岩は地球に向かって落ちていった。大気との摩擦で壮大な火の玉になっていたに違いない。人類が誕生する前だから、この流れ星を見ていた人はいない。

 もし、この岩が地球表面の3分の2を占める海に落ちていたら、発見されることはなかっただろう。また、陸に落ちても、特徴のない岩だから、隕石とは知られなかった可能性が高い。

 しかし、落ちたところは南極の氷河の上だった。南極の氷は、降り積もった雪が固まったものだ。この氷河は椀を伏せたような形をしているので、ゆっくりと流れ下る。そして、隕石は氷河のベルトコンベアに乗ったまま、やまと山脈というベ ルトコンベアの終点に行き、そこで、日本隊に拾われた、というわけなのだ。物語や小説では到底信じて貰えない偶然だろう。

 人類はまだ、探査機で火星の岩を採ってきたことはない。この岩は極めて貴重な資料なのである。

(紙面掲載時に長すぎて削った部分を復活してあります)

【北海道新聞の読者からの質問:我が家の庭に転がっている庭の石も「M78星雲から来た」と言いたくなる衝動に駆られます

前略

先生のお書きになられた北海道新聞魚眼図について分からないことがあるので、今後のために教えていただきたくメールをした次第です。 それは2005.2.22の夕刊で火星の石についてです。

隕石か否かは分析の結果、また氷表にあることから判断され理解できますが、はたして火星からやってきたかどうかということはどうして判断されるのでしょうか…???

想像ですが、火星表面のマグマを分光計などで観測し、発見されたそれと同一だからかな…と思ってみても、月や金星の深部の物かもしれないし・・・???

地球上の火山の組成が異なるように、遠くの星から観測しても分かるものなのでしょうか・・・???

NASAかアメリカの学者さんが、時々火星の石とかなんとか言っても、学者様以外の素人がアヤシイと思っても学者様にはかなわない訳でして。

「月に行った」と言われても、近くで見ているわけではないので「ああそうですか」と、 「100億円ある」と言われても、現物がないので「ああそうですか」と、 「愛している」と言われても、見えないので(興味がなければ)「ああそうですか」と、 「沖縄県のAABBさんが亡くなった」と言われても、お会いしたこともないので「ああそうですか」と、 「幽霊が出た」と言われても、見たこともないので「ああそうですか」と、 返事する以外に対処がないこととどうも類似しているので困惑しています。

我が家の庭に転がっている庭の石も「M78星雲から来た」と言いたくなる衝動に駆られます。 どうか浅学、薄学の私をお笑いくださってかまいませんので、少しばかりどうか教えていただきたく思います。

早々

札幌市東区 K.Y.

【北海道新聞の読者への返答】

メールをありがとうございました。

1976年に火星に行った探査機が火星の大気の成分を精密に調べてデータを地球に送ってきたことがあります。

この隕石に含まれている空気の成分が、ごく細かいところまでこの探査機のデータと一致したので、火星から来た隕石だと断定されたのです。

なお、この探査機は火星に着陸しただけで、(土や岩や生物の痕跡などのサンプルをお土産に)地球に帰ってくることはありませんでした。

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