『生活者通信』(東京・生活者ネットワーク)、237号(2011年6月1日)。3頁。

「つまみ食い」で利用される地震学

 先日、菅首相が浜岡原発を停止する決定を発表した。

 その決定の根拠は、政府の地震調査委員会が発表している将来の地震確率が30年以内に87%と高いことだという。そして、他の原発は止めないし建設中のものの工事も続けることが政府から引き続いて発表された。

 地震学者である私から見ると、これは決定の責任を地震学に負わせた責任逃れにしか見えない。私がかねてから主張しているように、地震学は「地震予知」にも「将来の地震確率」にも「活断層調査」にも解決には遠い問題があるレベルでしかないのである。

 今回の東北地方太平洋沖地震で、またも地震予知のむつかしさが明らかになった。もっとも地震予知がしやすいはずの海溝型地震で、しかもあんな巨大地震でも、どんな前兆も観測できなかったのである。

 世界でも唯一の地震立法、大規模地震対策特別措置法(大震法)は1978年に施行された。この法律の前提として政府が東海地震の予知をすることが可能だとしてしまったためのさまざまな問題点や矛盾が出ている。くわしくは私の本(たとえば『「地震予知」はウソだらけ』講談社文庫)を見てほしい。今回の東北地方太平洋沖地震でも、同じタイプの東海地震の予知が唯一の頼りにしているプレスリップも観測できなかった。東海地震の予知には一層の暗雲が立ちこめたというべきだろう。

 しかも、大震法が対象としている東海地震ではなくて、今回の東北地方太平洋沖地震のように巨大だった「宝永地震(1707年)」型の連動巨大地震が起きる可能性も増えてきている。

 じつは阪神淡路大震災(1995年)以来、地震予知が不可能なことをさとりはじめた政府は、それまでの「地震予知」の看板を「地震調査研究」に掛け替えていた。そして「将来の地震確率」と「活断層調査」を活動の目玉にすえたのだった。

 しかし「将来の地震確率」はあちこちで裏切られている。東北地方太平洋沖地震でも、こんな巨大地震が起きることを予測できず、その震源を小さなナワ張り6つに区切って、6つの別々の地震発生確率が発表されていた。

 これによれば10年以内に大地震が起きる確率は6つのうち「宮城県沖地震(マグニチュード7クラス)の再来」と「三陸沖で起きるマグニチュード7クラスの小さめの地震」の二個所が60から70%とされていたほかは軒並み低く、たとえば福島沖も茨城沖も、大地震が起きる確率は2%以下だった。つまり福島沖などでは地震が起きないと保証していたのに等しかったのである。

 あてにならないことがこのように証明されてしまった「将来の地震確率」を、浜岡原発の停止の根拠に持ってきて、そのほかの原発ではこれほど確率が高くないから大丈夫だ、という理屈は、地震学からいえば通るはずがない。

 また内陸直下型地震の地震発生確率はそもそも、どこでも低いもので、海溝型地震の確率と同列にくらべることはできない。しかし確率が低いところでも、柏崎刈羽原発を襲った新潟県中越沖地震(2007年)のような地震が起きてしまっているのである。

 原発を建てる前に、近くの活断層を調査して、その将来の地震危険度を見積もることになっている。しかし、これも私が以前から主張しているように(たとえば『巨大地震はなぜ起きる これだけは知っておこう』花伝社)、活断層かどうか、それがどのくらいの長さのものか、そしてその活断層がどのくらいの大地震を起こすものか、には学者によって異論があり、それゆえ大きな曖昧さがある。その活断層の長さ、つまり将来そこで起きる大地震の大きさを「値切って」作ってきたのが、いままでの原発なのである。

 じつは、政府がこの種の活断層調査の結果を発表して以来、日本各地で起きた内陸直下型地震は、ほとんどすべてが、活断層がないはずのところで起きてしまっている。調査に漏れがあるという意味でも、現在の活断層調査はあてにならないものなのである。

 地震予知、将来の地震確率、活断層。こういった地震学の不完全な成果のうち、都合のいいものだけをつまみ食いして政治的に利用することは、科学の冒涜でもある。これらの濫用を防ぐためにも、科学の現状を一般の人が正しく知っていることは、地震学に限らず、大事なことだと思う。

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