『花時計』(読売新聞・道内社会面)、1996年8月15日夕刊〔No.53〕に一部加筆

北大を歩く人 ご用心

 北海道大学には何本ものエルム(ハルニレ)の大木がある。幹の周囲は4メートルほど、梢の高さは理学部の本館より高い。先日、その枝が突然、折れて落ちた。落ちた部分の直径が80センチ、長さが7メートル。ちょっとした木まるごとの大きさがあった。巨大な枝だ。

 場所はレンガ建ての理学部本館のすぐ南側。幸い早朝で、下で絵を描いている人も、歩く人もなかった。時間が時間だったら惨事になったかもしれない。

 ここの庭の管理は理学部に責任がある。草刈りや若木の植林をはじめ、毎年、危険調査というものをやっている。去年の危険調査では「危険」は分からなかった。理学部には植物学科も、リンゴが木から落ちて始まったニュートン力学の後裔である物理学科もある。どちらも枝が落ちる現象の予知には役立たなかった。あいにくと私の学問を含めて、理学部の学問が直接に世の中の役に立つことは、かくも限られているのだ。

 しかし、ほうっておくわけにもいかない。結局、農学部の専門家に頼んでくだんの木を診断してもらったら、老化して幹の内部がボロボロになっていた。ついでに診断した隣の大木も同じで、あえなく、エルムの木は二本が根元から切り倒されてしまった。

 切り株の年輪を数えたら、ともに約150ほどあった。日本人が住み着く少し前に、豊平川(*)が氾濫した大洪水があって、どこかからエルムの種が運ばれて、根付いたものだろう。

 同じように、いまの札幌市のあちこちにエルムが生えたに違いないが、市街地の開発とともに次々に切り倒された。北大構内にわずかに残った最後のエルムも、天寿を全うするのが難しくなっているのである。

注1:豊平(とよひら)川は札幌市内を流れる石狩川の支流。秋には市内まで鮭がのぼってくる


注2:結局、これらの木の多くは天寿を全うできませんでした。


読売新聞・夕刊・道内社会面での島村英紀の『花時計』)の連載は、「嫌われる科学者業 、1992年1月9日〔No.1〕」から始まり、「美人学者」が2回目でした。いずれも500字で、、最終回はこの「北大を歩く人ご用心」、1996年8月15日〔No.53〕でした。

 

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