島村英紀『夕刊フジ』 2017年12月29日(金曜)。4面。コラムその229「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

不意打ちでやってくる「次の大地震」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「不意打ちでやってくる「次の大地震」 元日に起きた石狩地震、“東海地震一色”の中で起きた阪神淡路大震災」

 自然現象は年末や年始にも起きる。人間の都合を考えて起きてくれるわけではない。

 元旦に大地震が起きたことがある。天保5年1月1日に起きた石狩地震だ。起きたのは午前10時頃だった。正月早々の地震は大きな衝撃だった。いまの暦では1834年2月9日になる。

 震源は札幌北方の日本海岸の石狩川河口付近。現在の石狩市付近に集まっていた人家が損壊し、地割れが生じて泥水が吹き出したと記録されている。石狩川河口は札幌駅から20キロあまり北だ。

 81戸全半壊と記録にあるが、そもそも人口密度がごく低かった。いま200万都市になった札幌市が拡がっている地域には、現在では想像もつかないくらい人がいなかった土地だった。

 ところが、近年、液状化の跡が北海道大学農場の跡地で見つかった。札幌不意打ちでやってくる「次の大地震」 元日に起きた石狩地震、“東海地震一色”の中で起きた阪神淡路大震災市埋蔵物調査室によって遺跡調査が行われときのことだった。札幌駅の北2.5キロにある市街地の真ん中である。

 液状化の大きな跡があったということは、震度6だった可能性が強いということだ。

 震源から約20キロも離れた現在の札幌市内でも震度6が発見されたことは、震度6の領域がかなり広かったことになる。その後市内各所で掘削が行われ、ここ以外でも液状化の跡が見つかっている。

 つまり、この石狩地震のマグニチュード(M)は、それまで推定されていた6.4よりもずっと大きかった可能性がある。

 北海道に住んでいた先住民族は文字を持たなかったから歴史記録は残っていない。たとえ大地震があったとしても、本州のようには昔の地震について知られていないのだ。だから19世紀の大地震でも歴史記録はほとんど残っていない。

 札幌は有感地震も少ない。転勤族が多いところだが、本州から転勤してきた人たちは地震の少ないことに驚く。首都圏は1〜2週間に一度、年間で50回も有感地震があるが、札幌は年間にせいぜい5回ほどだ。それも、札幌から遠いプレート境界である太平洋岸沖の地震が多い。

 それゆえ、札幌は日本の大都会としては地震の危険が少ないところだと思われている。

 しかし私たち地球物理学者から見れば、札幌も日本の他の場所と同じく、地震の危険性がない場所ではない。

 札幌市はもともと豊平(とよひら)川(右写真)の扇状地に開拓されたのだが、戦後は扇状地と泥炭地の境にある東西に走る鉄道線路を越えて泥炭地で地盤が軟弱な北部にも発展してきた。しかし都会になってからは、一度も大地震を経験していない。

 札幌には限らない。1970年代の「東海地震騒ぎ」と地震予知が可能だとした大震法(大規模地震対策特別措置法)を受けて、世の中が東海地震一色になったときに阪神淡路大震災(1995年)が起きて大きな被害を生んでしまった。

 それと同じように、南海トラフ地震が「次に起きる大地震」に違いない、という思い込みがはびこっている現在こそ、じつは時期も場所も予測できない「次の大地震」が日本のどこかで起きるかもしれないのである。

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