島村英紀『夕刊フジ』 2014年2月7日(金曜)。5面。コラムその38 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

「思い込み」の前兆現象予測

 心理学者が地震予知に取り組んだことがある。信州大学の菊池聡先生だ。

 地震予知で「宏観(こうかん)異常現象」というものがある。動物の異常な行動とか、空が光る現象とか、地震雲とか、地下水や地下ガスの異常など、観測機械を使わなくてもわかる前兆現象のことだ。

 阪神淡路大震災(1995年)後にも、この現象についてメディアで大きく紹介された。前兆を1500例も集めたという本も出版された。東日本大震災(2011年)のときにもいくつも報告された。

 ところで、この種の前兆は「地震後」に報告されたものばかりだった。じつは報告が事後だったか事前だったかには本質的な違いがある。たんに地震に間に合わなかっただけではないのだ。

 ふだん何気なく見ていることは、地震がなければ忘れてしまう。事件があったから、「そういえば」ということになる。

 心に深く残った事件のあとで、「そういえば」と思いつく報告が多い。報告が心理的な偏向を受けてしまって、日常的にいつでも起きている出来事でも意味のある現象を見出してしまうのだ。これを心理学では「錯誤相関(さくごそうかん)」という。地震には限らない。

 ほんとうに地震の前兆だったかどうかを科学的に立証するためには、厳密な検証が必要である。

 「前兆があって地震が起きた」ということを立証するためには、「その前兆がなかったのに地震が起きた」例や「その前兆と同じ現象が起きたのに地震がなかった」例や、「その前兆と同じ現象は起きなかったし地震もなかった」例を全部数えて比べなければならない。このような厳密な比較をしなければ「地震」と「何かの前兆」という2つの現象が関係しているかどうかを科学的には立証できないのだ。

 ところが、この2番目から4番目までは人々の記憶には残っていない。ふだん何気なく見ていることは、地震のような大事件がなければ忘れてしまう。

 いままでに成功したといわれている宏観現象の地震予知は、どれもこういった科学的な検証をされたことがないものばかりなのである。

 それゆえ、事例全体の数からいえばごく少ない1番目、つまり「なにかの前兆があって地震が起きた」ことだけが強調されることになってしまう。科学的な検証がなければ、この「前兆」と地震とは、たまたま近接して起きた関係のない現象かもしれないのである。

 錯誤相関は、「地震が大きいほど」「地震に近いほど」、心理的に大きい影響を与えて、前兆が多かったような印象になる。じつにもっともらしい結果になってしまうのだ。

 もともと菊池先生は、これらの宏観現象が地震予知に役立つのではないかと思って研究をはじめた。しかし気鋭の心理学者をがっかりさせているのが現状なのである。

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