島村英紀『夕刊フジ』 2022年2月25日(金曜)。4面。コラムその434「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

「見えない地震」が津波を起こした

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の題は「「見えない地震」が津波を起こした Mや震源の深さ決める短・中周期データでは分からない隠れた脅威」

 予想したよりも津波が大きいことがある。これからは、地震や津波を監視する仕組みを考え直す必要があるだろう。

 2021年8月に起きた不思議な地震のことがきっかけだった。今年の2月に発表されたものだ。

 この地震は南大西洋のサウスサンドウィッチ海溝で起きたもので、大西洋、太平洋、インド洋沖の三大洋で津波が記録された。3つの大洋にわたって津波が記録されたのは2004年12月に起きたスマトラ島沖の超巨大地震(マグニチュード=M=9.3)以来だ。スマトラ島沖地震は大津波で甚大な被害を生み、近くの国に限らず、世界で22万人以上が犠牲になった。

 しかし、世界中の地震をくまなく観測している米国地質調査所(USGS)のネットワークではMは7.5とされている。しかも深さは47キロメートルもあって、普通は大きい津波を生む深さではなかった。

 地震が起きたのは大西洋南部のサウスサンドウィッチ海溝。よく大地震が起きるところだ。ここでは南アメリカプレートがサウスサンドウィッチプレートに沈み込んでいる。海溝は英国の海外領土であるサウスサンドウィッチ群島の100キロメートルほど東にある。

 なぜ、予想したよりも大きな津波が来たのだろう。

 最近、分かったことは、この地震がひとつのものではなく、260秒の間に5つの地震が続けさま起きていたことと、その3つ目の地震が普通には「見えない」地震だったことによるものだった。

 普通は短周期や中周期で観測しているし、Mや深さはこれらで決める。これはUSGSでも日本の気象庁でも同じだ。

 だが。この3つ目の地震は特別だった。この地震は大津波を生みやすい長周期の地震で、短周期や中周期のデータではほぼ見えないのだ。

 研究では、この3つ目の地震だけを分離できた。この地震は深さ15キロメートルで起きたM8.2の地震だったことが分かった。遠くで見ていた地震の全体像よりも大きくて浅い。

 5つの一連の地震で放出されたエネルギーの70%をこの3つ目の地震だけで占めていた。このひとつの地震で、プレートが潜り込んでいる境界を長さ200キロメートルにわたって破壊したものだった。

 ひとつだと思っていた地震がじつはいくつかの地震の集合であることは大地震では珍しくはない。そのなかには、隠れている地震があることが今回の研究で明らかになった。

 日本の気象庁には限らない。今日に至るまで、Mや震源の深さは短周期や中周期のデータだけで決めているものだからである。つまり地震が起きても、この種の「隠れた地震」が見えないことがある。

 幸い、この地震は日本から遠く「この地震による津波の心配はない」と気象庁は発表した。

 だがこの種の地震が起きると、日本を含めて世界中で、思ったよりも津波が大きいことは十分に考えられる。

 地震のMは、背の高さをセンチメートルで測ったり、重さをキログラムで量るようなものよりもずっと複雑なのだ。
 
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