島村英紀『夕刊フジ』 2023年5月26日(金曜)。4面。コラムその493「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

人工衛星の寿命はわずか2〜15年
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「イーロン・マスク氏、数万台の人工衛星を打ち上げる計画 人工衛星の寿命はわずか2〜15年、故障による「突然死」も

 人工衛星は、これまで約7600個が打ち上げられていて、現在地球のまわりを回っているのは約4400個ほどある。

 さらにイーロン・マスク氏はスターリンク計画で数万台の人工衛星を打ち上げようとしている。

 一般に人工衛星の寿命は2年から15年程度だ。人工衛星の寿命を決める要素の1つは姿勢制御や電波送信に使う内蔵エネルギーの枯渇、もう1つは大気や磁気帯による軌道からの落下だ。強い太陽風を受けるから、軌道からのズレがないわけではないし、そのほか故障による「突然死」もある。
 電波送信に使うエネルギーの消耗は大きい。例えば通信やTVに使っている静止衛星は、高高度ゆえ大気による抵抗がほとんどない一方、エネルギー不足から内蔵の電池が尽きるものが主流で、多くは数年の寿命だ。

 また、赤外線天文衛星では機器を冷却する冷媒がなくなるまでの期間が寿命を決める。

 寿命の短い衛星としては、米国とロシア(旧ソ連)が打ち上げたスパイ衛星がある。10メートル以上の巨体で100キロメートルあまりの超低軌道を回っていたので大気との摩擦が大きく、すぐに大気圏突入して寿命が100日ほどしかないものもあった。

 一般に衛星の寿命は長くなった。1960〜1970年代には低軌道の人工衛星の設計寿命は1年が普通で、1980年代は3年くらいに伸びた。現在はハッブル宇宙望遠鏡のように15年という衛星も出てきた。

 それは科学衛星などでは、軌道を上げたり向きを変えたりするスラスターが燃料を使って短い寿命を終える衛星が多かったからだ。最近はスラスターではなく、ジャイロと反動ホイールで向きを変える衛星が多く、これは燃料を少量しか使わずに長寿命が期待できる。

 ところが、前世代の設計だが58年も地球を回っていて、いまだ健在なのが「リンカーン校正球1号」だ。リンカーン校正球は直径 1.12 メートル、厚みが3.2 ミリのアルミニウムで出来ている中空の球だ。

 この衛星は米国・マサチューセッツ工科大学リンカーン研究所によって作られた。目的は地上のレーダーを校正するために、電波を正確に反射することだ。その上、高度約2700キロの通常の衛星よりも高い軌道に投入された。この高度では大気の抵抗がほとんどないので、長く安定して回り続けることができる。

 レーダーとは電波を照射して跳ね返ってきた反射波を使って、ものの位置や方向を把握するシステムだ。このやり方で物体の居場所を正確に知るには、校正して精度を高めておく必要がある。そのために必要になるのが基準点だ。すでにわかっている物体を用意し校正したいレーダーの電波を照射して、跳ね返ってきた反射波がその物体から予測されるものと一致するように調整する。

 ただ正確にレーダーを反射すればいいのだから、電気や燃料は必要ない。それゆえ、半世紀も役割を果たし続けている。この衛星は反射断面積が一定になるように作られている。球だからレーダーの電波を受けたとき、同じような反射波を必ず返してくれる設計になっているためだ。
 
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