島村英紀『夕刊フジ』 2014年6月6日(金曜)。5面。コラムその54 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

伊豆小笠原海溝でM8か 「慶長地震」が呼ぶナゾ

 南海トラフに大地震が起きるのでは、という怖れがある。起きれば東日本大震災(2011年)なみの超巨大地震かもしれない。
 
 南海トラフの大地震は過去に13回知られている。日本の大地震では古くまでたどれるほうで、このため「次」の地震の予測がしやすいのでは、と考えられてきた。
 
 しかし最近、この13回のうちでもカギを握る大地震がじつは別のものではないかという論争が始まっている。
 
 その地震は1605年に起きた「慶長地震」。1707年に起きた超巨大地震、宝永地震のひとつ先代の地震である。

 宝永地震は最近の見直しでは東日本大震災なみの大津波を生んだ超巨大地震ということになった。そのうえ地震の49日後に富士山が大噴火した。この富士山の噴火は現在に至るまでの最後の噴火である。

 宝永地震では震度6以上の地域がいまの静岡県から九州まで及んだ。津波は最大の高さ26メートルに達した。

 津波は伊豆、八丈島から九州にわたる太平洋海岸だけではなく瀬戸内海や大阪湾まで入り込んだ。また済州島や上海でも津波の被害をもたらした。

 宝永地震の後にも、安政地震(1854年)や東南海地震(1944年)、南海地震(1946年)が起きたが、これらよりも宝永地震が群を抜いて大きな地震だったことは間違いがない。

 そこで慶長地震がカギを握ることになる。この地震は宝永地震なみの超巨大地震だと思われてきたからだ。これから約100年しかおかないで宝永地震が起きたことは超巨大地震のエネルギーがそんなに早く溜まる可能性を示す。これは今後襲って来る超巨大地震の見積もりにも関係することだ。

 ところが慶長地震がじつは南海トラフに起きたのではなくて、八丈島のはるか南、伊豆小笠原海溝の鳥島近辺で起きたのではないかと指摘され始めている。伊豆小笠原海溝は首都圏から南に延びている。西南日本に沿って西南に伸びている南海トラフとは別のものだ。

 もともとこの慶長地震では津波による溺死者が約5000-10000人と甚大だった割には、地震による揺れ、とくに西日本での揺れが小さいのが不思議だった。

 この慶長地震が伊豆小笠原海溝で起きたとするとこの疑問は氷解する。だが、途方もなく大きな地震でないと慶長地震のときの広い範囲の大津波が説明できないのである。

 この論争は根拠になる資料が少ないので、簡単に決着がつくものではない。しかし、それによっては南海トラフの今後の超巨大地震の行方も左右する。

 だがそれだけではない。いままで伊豆小笠原海溝にはマグニチュード(M)8を超えるような大地震は起きないと地震学者は考えていた。歴史地震も知られていなかったし、海溝から潜り込む太平洋プレートの角度がほかの場所とは違って急だったからだ。

 400年も前の地震が、日本をこれから襲う大地震のカギを握っているのである。

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