地震学会広報誌『なゐふる』、2017年7月号(2017-2号。2ヶ月に一度)

「小泉尚嗣氏の反論」への再反論

1:

 「反論」を読みました。私があの文章(参考文献)で言いたかった「大震法を継続する弊害」ではないことについての反論だと思います。しかし、反論は反論ですので、お答えします。

 おっしゃるとおり、「事実に基づいた議論」は大事なことだと、もちろん私も思います。しかし、私の指摘したことは「事実」だと思われる証拠がいくつもあります。

 ひとつは、ある地震学会員(彼は国立大学の教授です。なお、twitterは本名で出ています)の2016年5月1日のtwitterです。

「死者の4分の1 いったん避難も自宅に戻り死亡 | NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160501/k10010505841000.html
… NHKは他人事のように言っているが、4月15日17時ころのNHKラジオが屋外にいるな、屋内に入れ、と執拗に呼びかけた結果だ」


 いま、引用されているこのNHKの報道は消されてしまいました。都合が悪くなったためか、あるいは時間が経過したせいかは不明ですが、あとから見られないのは、テレビやラジオの「一過性」の弊害でしょう。

 このNHKの「執拗に呼びかける」テレビやラジオの放送は、私も東京で何回か視聴しました。東京でも放送していたので、熊本や九州地方だけの放送ではなく、全国放送でしょう。また、私の知人でも、この放送を視聴した人が何人もいます。滋賀県で放送したかどうかは知りません。

 この呼びかけの放送は4月16日未明のM7.3の地震の前に流され、熊本地震で死亡した50人のうち少なくとも12人が、4月14日のM6.5の地震でいったん避難したあと自宅に戻り、その後の16日のより大きなM7.3の地震で建物の倒壊などに巻き込まれて亡くなったと言われています。

 ところで、放送局であるNHKが単独で判断してこの種の呼びかけを行うことは、まず、考えられません。気象庁や政府との密接な連絡のもとに、気象庁や政府の広報としてこの種の放送を行ったものに違いありません。

2:

 もうひとつは、この熊本の4月14日と4月16日の二つの大地震のあとの読売新聞の記事(ウェブ)です。

●気象庁、「余震の発生確率」発表を取りやめ
2016年04月20日 20時42分配信
 気象庁は20日、大きな地震の後に発表する「余震の発生確率」について、「今回は過去の経験則が当てはめられず、発表できない」として、熊本県を中心に相次いでいる地震では発表を取りやめる方針を明らかにした。
 余震の発生確率はこれまで、群発地震を除く大地震の際は必ず発表されており、異例の措置となる。
 同庁は、過去の余震の減少傾向などを基に余震確率を算出、「今後3日間で震度5弱以上の余震が発生する確率」などを発表してきた。
 今回も、14日午後9時26分のマグニチュード(M)6.5の地震発生後の15日に1度、「震度6弱以上の余震が発生する確率は20%」などと発表。しかし、その直後の16日午前1時25分、最大震度7の「本震」(M7.3)が発生し、活動の領域が阿蘇地方や大分県まで拡大。これ以降、同庁は余震の確率を発表していなかった。
 2016年04月20日 20時42分 Copyright c The Yomiuri Shimbun

 この記事では、「14日の地震発生後の15日に”震度6弱以上の余震が発生する確率は20%」と発表”した」ことが書かれています。

 つまり、気象庁は14日の地震(M6.5で益城町で震度7)よりは大きな地震が起きることはまったく想定できていなくて、ずっと小さい地震が、それも、20%という低い確率でしか起きない、と発表していたのです。

 一般人の受取り方からいえば、20%という低い確率は、同じように%で発表される降雨確率で言えば傘を持たないで家を出る程度の、普通には起こらない数字なのです。14日の地震に耐えて残った家が、その後気象庁が予想しているような小さな余震で倒れるはずがない、という判断もなかったとは言えないでしょう。

 小泉氏が引用した毎日新聞の4月15日23時25分配信の記事でも「政府が熊本地震を受けて15日に「全避難者の屋内避難」の方針を打ち出したことに対し、熊本県の蒲島郁夫知事が「現場の気持ちが分かっていない」と反発した」とあり、「政府が熊本地震を受けて15日に「全避難者の屋内避難」の方針を打ち出した」ことは確かなようです。

3:

 小泉氏が言うとおり「(ある種の新聞報道で)地震現象のことを知らない一般の方が、以上の報道を”家に帰っても良い”と誤解する可能性はゼロではない」かも知れません。

 だが、私は一般人の「誤解」だったとは思っていませんが、一般の人、とくに実際に14日に地震に遭った地元の人々がどう受けとってどう行動したか、その結果がどうなったかを問題にしているのです。「少なくとも12人」の人命は重いのです。

 もし「誤解」があったなら、その誤解を生んでしまった発表のほうで反省すべきなのです。

4:

 2004年に起きた新潟県中越地震(M6.8、最大震度は7)のあとでも、気象庁はこの種の震度や確率の発表をして、実際には発表よりはずっと大きな余震が、少なくとも、3回以上繰り返されたことがあります。巷では「気象庁の余震の発表は300%違った」と言われたものです。近年の大地震では、2016年以来の熊本の地震と、この新潟県中越地震が群を抜いて余震が多い地震でした。

 研究者ならよく知っているとおり、余震は本震のマグニチュードが大きければ多く、また震源が浅ければ多いという程度しか分かっていません。本震後に、どの程度の大きさの余震がいつ起きるかを予測することは、現在の地震学では無理なのです。気象庁は、2016年4月16日により大きな熊本地震が起きたあとの20日に白旗を上げるまで、ずっと、この無理を続けてきていたのです。

5:

 じつは2011年の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の直後に、気象庁は「岩手・宮城で3メートルの津波」という警報を出したことがあります。

 その後「10メートル以上」に修正されて発表されましたが、そのときには、先の警報を受けて多くの人々が行動を起こしていました。なかでも、各地の消防団員や消防署員は防潮堤の水門を閉めに走っていたはずです。消防団員や消防署員の犠牲者が多かったのは、そのせいかもしれません。気象庁がこの「過小」な警報を出してしまった責任をとったとは聞いていません。

6:

 このほか、火山の場合、2014年9月、「噴火警戒レベル」1のときに御嶽山が噴火して63名の死者行方不明者という戦後最大の犠牲者を生んでしまったあと、気象庁は噴火警戒レベル1の表現を「平常」から「活火山であることに留意」と改めました。

 しかし噴火警戒レベルの表現で「平常」を「活火山であることに留意」と文言を替えただけでは、一般人が受ける印象はなにも変わりません。噴火口がある山頂まで行っていいことも、噴火警戒レベルが経験と勘に頼ったものでしかなくて、いまだ科学のレベルに達していないことも同じだからです。

 活火山であることは先刻知られているはずで、あえて言えば、噴火警戒レベル1のときに火山災害が起きてしまったときの責任を被害者に押しつけて、お役人の責任を少しでも軽くしたいだけのものでしょう。

 地震や火山の学問やその発表は天文学や数学と違って、一般の人の生命や財産に関係するものです。それゆえ「一般の人がどう受けとるか」を十分に考えずに情報や見通しを発信することや、学問的に分かっていないことを政府や気象庁の「権威」を笠に着て発表することは、とても危険なことがあることを指摘したいと思います。

参考文献
島村英紀「大震法と地震学者の責任」、2017、日本地震学会ニュースレター、69、6、18-19。

この文章の記事


反論が出た元記事

島村英紀・科学論文以外の発表著作リスト
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島村英紀が書いた「日本と日本以外」
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