『青淵(せいえん)』(渋沢栄一記念財団)、2020年10月号。 31-33頁。

火星から来た隕石

 地球は宇宙に浮いている球だ。多くの人が忘れているが、天井があるわけではない。このため、隕石(いんせき)がたくさん落ちてくる。

 いままでに世界で約3万個の隕石が落ちてきたことが分かっている。なかには、日本の神社に神体として祭られているものもあるし、日本では知られていないが、世界では不幸にも隕石に当たって亡くなった人もいる。

 中国で生まれて日本に入ってきた言葉がある。「杞憂(きゆう)」。中国古代の杞の人が天が落ちてきはしないかと毎日心配して、食事ものどを通らなかったことから出来た言葉だ。心配する必要のないことをあれこれ心配することや、取り越し苦労のことを言う。

 しかし、現代の私たちにとっては笑い話ではすまないことが分かってきた。2000年から2013年の間に26個の大きな隕石が落ちてきた。これらが地球に衝突したときのエネルギーは、TNT火薬にしてどれも1000トンから60万トンの威力があった。ちなみに米国が広島に投下した原子爆弾はTNT火薬にして16000トン相当だったから、これらの隕石は、どれも相当な威力だった。いままでは幸い、人が住んでいないところだったが、もし都市を直撃したら大変なことになる。

 最近の研究では、巨大な隕石が地球に衝突する頻度は、これまで考えられていたよりもずっと高いことが分かってきている。つまり「杞憂」は杞憂ではないことが分かってきたのである。

 他方、隕石は太陽系の誕生や惑星の成り立ちを探るために、とても重要なものだ。

 じつは、世界でいちばん隕石を持っているのは日本だ。日本の南極観測隊が1969年に9個の隕石を偶然に見つけたことが始まりで、その後、同じような場所で多くの隕石が見つかった。

 南極は氷河に覆われている。白い氷の上にある黒い石だったから、人間に発見された。氷の上でなかったら、いまだ誰にも知られずに地球の上に眠っていただろう。

 しかし、発見された理由はそれだけではなかった。南極大陸には、隕石が氷河の動きとともに掃きだめのように集められるメカニズムがあるのだ。

 南極大陸に降った雪は、積み重なった雪の圧力でやがて氷になり、平均の厚さが3000メートルもある氷河になる。落ちた隕石はこの氷河に閉じ込められる。

 南極大陸の地形は厚い氷河に覆われているために眼に見えないが、大陸は椀を伏せた形をしている。このため氷河は、大陸の中心部から周囲の海の方へ向かって、ゆっくりと滑っていく。やがて海へ落ちて氷山になる。

 しかし大陸の縁に山脈があるところでは、山腹に沿って氷河が上がって来る。後から来る氷に押されるのだ。そこで氷はどんどん消えていく。気温は零下だが、太陽熱による昇華や、ときには毎秒100メートルにも達する南極特有の強風のせいだ。

 南極大陸に落ちて氷河に閉じ込められていた隕石は、氷が溶ければ氷の上に顔を出す。大陸に降った雪が山脈の脇に出て来るメカニズムは、南極の隕石を拾い集めるベルトコンベアになっているわけだ。つまり山脈の脇では、何万年、ときには何十万年もの前の氷が顔を出していることになる。

 なかでも日本の昭和基地はベルトコンベアの終点、やまと山脈に近い、このせいで、世界でももっとも多くの隕石を拾い集め、一躍、隕石研究大国になった。

 隕石は地球上どこでも均等に降って来るから、面積にして世界の陸の面積の0.25%しかなくて世界で61番目の大きさの国、日本はそれまで「研究材料」である隕石の少なさに泣いてきたのだ。

 南極での発見によって、それまでに世界中で見つかっていた隕石の総数がせいぜい2000個あまりだったものが、短期間の間に何倍にも増えることになった。こうして南極では1万個を越える隕石が見つかっている。大量の隕石が見つかり出した近年では、世界の隕石の「主産地」は南極になった。

 米国なども、日本の南極での成功を見て隕石収集隊を派遣している。やまと山脈と同じような地形のところでも多くの隕石が見つかっている。

 月から来たに違いない隕石も、少数ながら約170個、発見されている。南極でも見つかっている。ただし、このうちのいくつかは落下のときに分かれた同一の隕石の破片で、50ほどの独立に落下した隕石が発見されていると考えられる。

 元々は大きな隕石が月に激突したに違いない。彗星だったかも知れない。そのときのすさまじい衝撃で月の表面の岩が欠け飛んで四方八方に飛び散った。そして、ごくごく一部の石が地球までの大旅行をすることになった。

 3万個のうちの、たった50個。月から地球へやって来た「かぐや姫」。それがこの月から来た隕石だ。月から地球までの38万キロもの旅をして地球にたどり着いた。月から見た地球の視直径(角直径)は1.2度にすぎない。ピッチャーから見たストライクゾーンよりもずっと小さいから、ねらったとしても、とても難しい。

 めったにない大旅行だが、月からの脱出可能な速度は地球から脱出するのにくらべれば小さい。脱出速度は月の引力の大きさによる。引力の強さはその天体の重さによるので、月は地球の100分の1の重さしかないからだ。しかも月には、飛んで行く石にブレーキをかける大気がないことも幸いした。

 このほか、火星から来た隕石も見つかっている。火星から来たに違いない隕石は、はるかに高い敷居を超えてきた。

 元々は月から来た隕石と同じに、大きな隕石か彗星がぶつかったに違いない。だが火星の重力は地球の4割もあって月よりもずっと大きいし、ブレーキをかける大気もある。

 このためになかなか脱出できないうえに、火星から見た地球は、月から見たよりもはるかに小さい。岩のかけらが火星を離れて地球に到着するのは至難の業だ。月よりもさらに限られた「かぐや姫」たちである。

 じつは、隕石が月から来たのか、火星から来たのかを同定するのは簡単ではない。月の場合は、化学成分や同位体組成を米国のアポロ計画で持ち帰った月の岩と比較することで確かめられた。それゆえ、月からの隕石と同定されたのは1970年代のアポロ計画以後である。

 火星の場合は、岩を取ってきたことは、まだない。しかし、隕石中に含まれている気体の成分がバイキング探査機で分析された火星の大気に似ていることから、はじめて同定された。したがって、これらの隕石が火星隕石と認められたのはそれ以来だ。

 バイキング計画は、米国の航空宇宙局 (NASA) が1970年代に行った火星探査計画である。地球に帰って来たわけではないが、バイキング1号とバイキング2号の2機の火星探査機が火星への着陸に成功して、火星大気の成分などを調べた。

 いくつもの岩が月や火星を旅立った。旅をしていた岩のうちの、ごくごくわずかは、地球に落ちて、人の手に拾われた。地球に落ちても、地表の3分の2を占める海に落ちたり、陸に落ちても気がつかれないものもあるだろう。

 地球に落ちなかったほとんどの「かぐや姫」たちは、はるか宇宙の果てまでの旅をしているのに違いない。遠くて、あて先のない旅である。

この記事


『青淵(せいえん)』いままでのエッセイ

14:世界一高い山『青淵』、2020年3月号。{3200字}。33-35頁。
13:
地球の中はダイヤがいっぱい 『青淵』、2019年2月号。{3200字}。29-31頁。
12:
世界の終末が遠のいた?『青淵』、2018年4月号。 25-27頁。
11:地球外に生命はいるのだろうか『青淵』、2017年3月号。{3200字}。28-30頁。
10:空は落ちてくるのだろうか『青淵』、2016年5月号。33-35頁。{3200字}
9:地球の丸さの世界初の測定『青淵』、2015年4月号。27-29頁。
8:地球物理学者にとっての「一日の長さ」『青淵』、2014年5月号。28-30頁。{3200字}。
7:日本の「地球物理学的な」歴史『青淵』、2012年3月号。27-29頁。{3200字}
6:南極の火事『青淵』、2012年5月号。16-18頁。{3200字}
5:人間の方向感覚、動物の方向感覚『青淵』、2011年4月号。 28-30頁。{3200字}
4:地震学者が大地震に遭ったとき---今村明恒の関東大震災当日の日記から『青淵』、2010年5月号。36-38頁。{3200字}
3:外から見た日本『青淵』、2009年6月号。19-21頁。{2500字+写真4枚}
2:アフリカの仮面の「眼」『青淵』、2007年12月号 (705号)。34-37頁。{3500字+写真6枚}
1:アフリカの仮面との出会い『青淵』、2005年5月号。12-14頁。{3200字+写真3枚}



島村英紀・科学論文以外の発表著作リスト
島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
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