島村英紀の裁判通信・その7
(2006年8月3日)

(保釈後の通信読者へのメッセージ、ほか。)


7月21日に保釈された元北大教授・島村英紀から、ご支援いただいた皆さまに宛てて、次のような御礼のメッセージが届きました。

<編集部>


島村英紀からみなさまへ

2月1日以来、171日間の「人生初めての珍しい体験」から帰ってきました。

その間、みなさまの団結と支援がどんなに支えになったか、筆舌に尽くしがたいほどです。ありがとうございました。

また、東京の友人たちが札幌地裁の法廷まで来てくださったことは、じつに嬉しく思いました。とくに、無言で拳を振り上げて励ましたくださったのは、法廷で声を出すことは禁じられているのでしょうから、強く印象に残っています。

私にとっては、こんなことでもなく、平凡な生活を送っていれば、みなさまからの支援や交流を受け取ることもできなかったと思います。むしろ、不幸中の幸い、というか、自ら望んだわけではなくても、将来生かすべき幸せを手に入れた感慨にふけっております。

先日、みなさまに配信されたという「裁判通信」や詳細な「新聞報道」のコピーをいただき、いまじっくり読んでいます。

新聞が、検察側の発表だけにもとづいて、ずいぶん勝手なことを書いているのを、「通信」で初めて見ました。札幌地検は、毎日午後、次席検事が記者会見をすることになっているのだそうです。新聞は、それをいわゆる「垂れ流し」で書いていたのです。

私はずっと接見禁止がついていたので、新聞や雑誌は読めませんでした。浦島太郎状態でした。

裁判そのものは、まだこれからも、結構長く続くことになると思いますが、私には私なりの主張や言い分があり、正々堂々と闘っていきたいと思います。

171日間という拘留期間は、確かに長いものでした。

しかし、いらいらしても消耗するだけだと思い直し、私にとっては、国内外を問わず、観測船なら最上のキャビンともいえる三畳の部屋で、しかも揺れに悩まされることもなく、3食を保証される、それもたとえば朝食は気象庁の観測船の朝食よりはよほどましなものを食べられました、ということで、それなりに過ごしてきました。

幸い、札幌拘置所は5 - 6年前に改築され、それまでは暖房もなかったそうなので、その意味では「運が良かった」と思います。また、札幌拘置所の食事は東京拘置所よりもずっとましなものなのだそうです。

困ったのは医療でした。歯が痛くなって「願箋」という書類を出して(すべてが大変な手続きが必要なのです)、頼んでから、なんと4カ月目にようやく順番が回ってきたこともありました。脳卒中でも起こしたら、手当が間に合うのでしょうかね。

今の私は室内温度6℃だった真冬の東京から、(22 - 25℃という一定温度の環境を経て)、いきなり30℃の真夏の東京にワープしてきたようなもので、いささかの戸惑いは隠し切れません。

しかし、だんだん慣れつつありますので、そのうち、もっとちゃんとしたメッセージをみなさまにもお送りしたいと思っています。

帰京後、編集部の諸氏と会うことができて、懐かしく、またとても嬉しく過ごしました。

ともあれ、持つべきものは友人だとの感を深くしました。ありがとうございました。今後とも、よろしくお願いいたします。

2006年8月2日 島村 英紀


編集部からみなさまへ

「通信」発信者より、改めて、皆さまに、御礼申し上げます。

2月1日、「資格がないのに北大の備品を売った」という奇妙な詐欺容疑で突然逮捕された元北大教授・島村英紀は、否認を貫き通し、7月21日、171日ぶりに保釈されました。北海道で弁護団と打ち合わせた後、25日に東京の自宅に戻りました。

北海道支援グループの歓迎会に続いて、先週、私たちのささやかな会にも出席してくれました。

やつれた様子は見えませんでした。拘置所の食事のせいか、やや脂気が抜けた気もしましたが、もう年なんですからそれもいいでしょう。

突然の逮捕の様子、拘置所での出来事などを明るく客観的に話してくれましたが、なぜか昔よりも、私たちの話をよく聞く印象を受けました。「話す」よりも「聞いてくれる」のです。

171日間、拘置所で「禅」の修行をしていたようなものでしょう。そういえば、拘置所では、宮沢賢治全集、太宰治全集、芥川龍之介全集などを読んでいたとか。差し入れができなかったため、拘置所にある本の中から、それらを探して読んでいたそうです。

さて、私たちは学生時代の仲間だから当然ですが、島村の知人、また私たちの友人というだけで、皆さまに長文の「裁判通信」を送りつけてしまいました。ご迷惑だったかもしれません。

私たちは、島村英紀が新聞の初期報道のような「ワルイ学者」ではないことを知っていただきたかったのです。周到に準備され、仕組まれた「国家の罠」であることを知っていただきたかった!

それは島村逮捕の直後に「日本地震学会」が待ってましたとばかり、次の声明を発表したことでも明かです。

「2月1日、本会の島村英紀会員が、詐欺の疑いで札幌地方検察庁に逮捕されました。報道によれば、北海道大学が海底地震計などを売却したように装って、ノル ウエーの大学から約2千万円をだまし取ったとの容疑によるとのことです。容疑が事実であるならば、地震研究者への社会的信頼を大きく裏切るものであり、極めて遺憾と申さざるを得ません」

私どもの「島村裁判通信」が友人・知人に流れていることは、弁護士を通じて島村に伝えてもらいました。また皆さまからいただいた「感想・激励・意見」は、先日、島村本人にプリントして渡しました。皆さまのお名前を懐かしげに見ながら(本人と面識のない方々については、どんな関係かを詳しく解説)、非常に喜んでいました。

次回の公判は8月29日、検察側の最期の証人(海底地震計の部品を購入した機械メーカーの経理担当者)が証言します。検察と綿密な打ち合わせをして出てくるはずだから、たいした進展はないだろうとのことでした。

その後の公判で、弁護側証人の証言が始まります。だれをどんな順番で登場させるか、どこから反撃するか、担当している尾崎英雄弁護士の秘策を期待します。

「裁判通信」の最初に書きましたが、昨年来の民事訴訟で勝訴の方向に向かっていたため、島村本人は、いや弁護士も含めて、逮捕されるとはまったく考えていませんでした。ところが「通信5」であきらかになったことがあります。

北大に内部告発をした地震火山研究観測センター・村井芳夫助手は、裁判でこう証言しました(地震火山研究観測センター長は島村英紀であり、彼は直属の助手でした)。

2002年12月。ベルゲン大からの封書を他の教授立ち会いの下に開封した結果、小切手> が入っていた。島村教授に連絡すると「私の方へ回しておいてくれ」とのことだった。

地震計売却の疑いが生じ業者に問い合わせたところ、全て公金からの支出であった。つまり海底地震計の部品等は公金で購入したもので全て北大の物である事が判明した。

語るに落ちたといいますか、「他の教授立ち会いの下に開封した」といい、そのころから島村追い落としが「(センター長の地位を狙う)他の教授とともに」画策されていたことがわかります。

ちなみに「内部告発」はそれから3年後の2005年でした。これは国立大学独立行政法人化に奇妙に一致します。

また大規模地震特別措置法を「戒厳令」と喝破した著書「公認地震予知を疑う」の出版は2004年でした。


もうひとつ、面白い文章をお見せしましょう。これは、逮捕翌日の2月2日に「Yahoo!掲示板」に載った投稿です。

「島村
やっと捕まったか。
こいつのゲジゲジ眉毛見てるだけでも虫唾が沸く。
委員だった頃は、偉そうに知ったかぶってズケズケほざきやがって、
いざ委員を辞めると今度は手のひらを返したかのように、
調査委員会・判定会・予知連と三つも部会があるのは税金の無駄使いだなんてほざきやがる。
まあ、歯に衣着せぬ言動だったから信者も多いが、敵はそれ以上に多いということだな」

じつに素直な物言いで、こういう中傷は、島村にとっては勲章かもしれません。

それにしても、島村は気をつけるべきでした。敵はいつも内部の不満を利用します。「研究費」なのですから、きちんと対応していれば、なんの問題もなかったのです。少なくとも北大事務官の「いったん自分の口座に入れて」(裁判での証言)などという指示は信用すべきではなかった!

これについて、島村が先日、面白い話をしてくれました。

島村の海底地震計は直径1メートル以下の超小型ですが、世界でほかにあるのはドイツのもので、これは高さが3メートルを超える大型だといいます。

制作費を安く、運搬を簡単にするために、四重五重の安全装置を一つだけにするなどで小型化したといいました。

その代わり扱いがむずかしく、機械があるからといって誰にでも扱える代物ではないとのこと。

機械そのものはノルウェーと日本を行ったり来たりしていますから、その扱いを含んだノウハウへの「研究費」であるといいます。「たぶん、私がいないと機械は使えないと思う。私が北大を辞めるとき、ベルゲン大ではそれをいちばん心配していたはず」だそうです。

なお私たちの手元に、昨年4月、島村が書いた「海底地震計のノルウェーの「形式的所有」の経緯」という反論書があります。裁判争点の基本をなすもので、ごく一部は「通信」で紹介しましたが、「資料として読んでみたい」という方には、ファイルを送ります。どうかご連絡ください。


これからも「通信」は続けます。島村本人にも書いてもらいます。しばらく閉ざされていた彼のHPも復活しました。これはこれで、非常に面白い内容です。

彼の才能は広範囲に及ぶのだとわかります。

<編集部>

島村英紀の裁判通信」の目次へ
ノンフィクション・島村英紀の家宅捜索・逮捕・連行劇
ノンフィクション・島村英紀の獄中記
海底地震計・海底地震観測とはどのようなものなのだろう
悪妻をもらうと哲学者になれるなら:海底地震学者は「哲学者」になれる
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島村英紀が書いた「もののあわれ」

誰も書かなかった北海道大学
私を支援してくださっている奈和浩子さんのホームページ



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