島村英紀『夕刊フジ』 2014年5月30日(金曜)。5面。コラムその53 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

立川断層の地震予測も外れか 穴だらけの地震年表

 前にも騒ぎを起こした首都圏の活断層・立川断層が、またも話題に上っている。

 立川断層では2年前から活断層の大規模な発掘調査が行われた。そのときに東大地震研究所の先生が恥をかいたことがあった。かつての自動車工場の基礎の杭を、自然の岩が過去の地震で断ちきられたものと判断してしまったのだ。

 そして、この5月の東京都瑞穂町での調査で14-15世紀以降に大地震があったとの結果が報じられた。同町の狭山神社の境内。先の工場跡とは別の場所だ。

 政府の地震調査委員会は立川断層を次の発生が近づいている危険性の高いものに分類している。この断層帯では1万-1万5000年の間隔で地震が発生しているが、この1万3000年以上も地震が起きていないためだという。しかし、もし数百年前に地震があったのなら、この想定がまったく違ってしまう。

 この瑞穂町の調査では、そのほかにも過去1万年以内に少なくとも1回以上の地震があったこともわかったという。これらが本当ならば、立川断層が起こす「次の地震」ははるか将来ということになる。

 さて、数百年前に大地震が起きたのなら、いままでにどうして知られていなかったのだろうか。

 そうなのだ。過去の地震についての「地震の年表」は労作だがじつは抜け穴だらけのものなのである。

 日本で、地震計を使った地震観測が始まったのは明治時代だ。もっと昔の地震について知るためには、昔の記録や日記を読んで地震の歴史を調べる地味な調査をしなければならない。

 これら各種の歴史に書かれている地震のことを歴史地震といい、このようなことを研究している学問は歴史地震学、あるいは古地震学という。

 寺や役場が残している文書を読むことが多い。

 寺の過去帳のように、いつ誰がどんな原因で亡くなったかを記録している古文書は、過去の地震や津波の貴重な記録なのである。かび臭い蔵にこもって古い文書の頁を繰っている一群の地震学者がいるのだ。

 ところが、この調査には多くの問題がある。

 地震計の記録と違って震源地も分からない。被害が大きかったところを震源地とすることが普通だ。だが被害記録が多いところがかならずしも震源ではなくて、人が多く住んでいる場所だったりする。

 古くから都のあった近畿地方では歴史の資料が豊富で数多くの地震が記録されている。一方、歴史の資料がそもそも少ない地方では歴史に残った地震の数も少ない。

 それゆえ記録に残っている地震が少ないことは、その地方で発生した地震が少ないということではない。歴史の資料の質や量が時代や地域によってまちまちなので、全国で均質な調査とはほど遠いのである。

 立川断層のまわりも、大地震が起きてもなんの記録も残っていなかった。いまは住宅密集地や巨大な米軍基地になってしまったが、数百年前には無人の原野だったのだ。

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