島村英紀『夕刊フジ』 2014年12月19日(金曜)。4面。コラムその82 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

海洋民族が助かったワケ スマトラ島沖地震から10年

 大津波で23万人以上が犠牲になったスマトラ沖地震から10年がたとうとしている。

 地震が起きたのは2004年12月26日、マグニチュード(M)は東日本大震災を超える9.3だった。

 地震はインドネシアのスマトラ島沖で起きたのだが、津波の犠牲者はインドやスリランカ、またアフリカ東部にまで及んだ。4000キロも離れた南極の昭和基地でも75センチの津波を観測したほどの大津波だった。

 タイの観光地プーケット島では外国からの多くの観光客も犠牲となった。だが、島の南端で生活する先住民族モーケン族は一人の死者も出さなかった。

 地震が起きたのは現地時間の午前8時前。海岸に住むモーケンの人たちは、大津波が襲ってくる20分ほど前に海の異変を知った。

 モーケンは「海の遊牧民」と呼ばれる(註)海洋民族で海岸に住んだり船上生活をしていて、おもに漁業を営んでいる。

 海洋民族にとって潮の満ち干は頭に精密に入っているが、それ以上に潮が引いたのだ。

 先祖からの言い伝え通り津波が襲ってくる。そう直感し、ただちに245戸、約1200人の集落全員が村の高台に避難した。

 地震学の知識では津波の初動は引き波とは限らない。第1波がいきなり満ち波として襲ってくる津波もあるし、この場合のように最初が引き波のこともある。第2波以降の方が大きいことも多い。

 日本もそうだが、海洋プレートと大陸プレートが衝突している海溝沿いに起きる巨大地震は多くの場合、同じような震源メカニズムで起きる。

 インドネシア付近では過去にもM9クラスの大地震と津波が起きていたことが大地震後の最近の研究から分かってきている。津波で運ばれた海底の砂などの堆積物を陸上で掘削したら2004年の堆積物だけでなく、その下にもいくつもの堆積物が見つかった。2004年と同規模の津波が500-700年前など、過去約2500年間に3回あったことが分かったのだ。

 それゆえ同じ海岸で何百年以上も見ていたモーケンの人々は同じような津波に幾度も出くわしていたに違いない。モーケンの人たちは、この経験を伝承していたのである。

 私が見たモーケンの暮らしは貧しかった。貧弱な漁業と、貝細工など観光客のための土産、沖合の島に観光客を乗せていく通船の運賃などが収入源だ。

 じつは、彼らが住んでいる土地はモーケン族のものではない。近年までタイではモーケン族が土地を所有することも義務教育を受けることもできなかったからだ。

 いまでも土地は不法占拠している形になっている。このため電気や水道も引いてもらえない。電気は集落の外のタイ人の個人宅から電線を引いてそれを各戸に分配し、電力会社ではなく、その家に電気代を支払っている。水は天水(雨水)と井戸水を使っているが、井戸水は煮沸しないと飲み水には使えない。

 世界のどこでもそうだが、先住民族の暮らしは大変なのである。

註)原文では「「海のジプシー」とか「海の遊牧民」と呼ばれる」でしたが、「ジプシー」は差別用語とされ新聞では使用しないということなので、紙面では削除しました。

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