建築の雑誌『施工』(彰国社)
シリーズ連載「地震学の冒険」1998年11月号・その22
(これは加筆して『地震学がよくわかる---誰も知らない地球のドラマ』(島村英紀)に再録してあります)

都会を去った地震計、都会に住み着いた地震計

 前回お話ししたバックパック型の地震計は1960年代としては画期的に小型のものではあった。しかし、じつは私たちも世界一小型で感度が高い地震計を作っていた。そのとき私は東大の地球物理学教室にいて、当時の主任教授だった浅田敏先生と一緒に、旅行用の中型スーツケースの大きさである地震計を作り上げた。

 これはバックパック型より小さかったし、なによりも私たちの地震計のほうが進歩していた。私たちの地震計のほうがずっと感度が高かったし、また記録はテープレコーダー方式であった。バックパック型が使っていた記録紙にペンで書く記録と比べてテープレコーダーは記録の質がずっと良くて、しかも後で高度のデータ処理ができる。もちろんテープレコーダーは昔の45分毎にテープを取り替えるものよりは進歩していて、4日とか1週間毎に取り替えればいいものであった。

 私たちは米国の科学者にバックパック型の地震計を持ってきて貰ったり、私たちの仲間を米国に派遣したりして、これら日米の最新鋭の地震計を使った共同研究をした。この共同研究は比較テストでもあった。比較の結果は明らかであった。

 私たちの地震計にも失敗がなかったわけではない。米国のネバダ州で観測したとき、多くのごく小さな地震を記録したのだが、不思議なことに地震の数は昼間に多く、夜は少なかった。

 私たちはこの新発見を論文に書いて危うく恥を天下にさらすところであった。これは、昼は暑いのに夜は極度に冷え込むというネバダの気温のせいだったからだ。当時使っていたゲルマニウムトランジスタという半導体が温度によって特性が大幅に変わるものだったので、夜になると地震計の感度が下がってしまっていたのだ。その後トランジスタが進歩して、この種の問題はなくなった。

 ところが地震計としての感度が極限まで来てしまったこの地震計では、困ったことに観測する場所がごく限られてしまうのだ。人が歩いていれば優に100mも先から感じられる。トラックや電車は10kmも先でも感じてしまう。風が吹いて木を揺すったり雨が降るのさえ、感度が高い地震計の大いなる邪魔なのであった。

 このため、少しでも静かなところを求めてノイズ調査というものをやった。川のせせらぎさえ邪魔なものだから、山の中に分け入って地震計を臨時に置いてみて、その場所がどのくらい静かなものか、実際に見てみなければわからないというわけなのであった。

 神奈川県の丹沢の山中に入ったのは1970年代の初めのことだ。車で行ける限りの山奥に行って地震計を近くの岩の上に置いてみる。もちろん人間が動くのはノイズを出すことになるから、そうっとオッシロスコープの画面を窺う。

 何時間も危険な山道を来ただけのことはあった。大変静かなのである。これなら、いままで誰も観測したことがない、ごく小さい地震を捉えるための最適の観測点になろう。これほど静かな観測点は、いままで経験したこともなかった。

 大いに満足して、帰りの道すがら、同行の学者に、普通のところはこんなにノイズが高いのだよ、と見せるために、川の近くに地震計を置いてみた。川のせせらぎのせいで、さっきよりはよほどノイズが高いはずであった。

 ところが、ここも静かなのであった。

 ここに至って、あまりに不自然なことに気がついた。地震計を振ってみると不思議な音がする。地震計を開けてみたら、なんと地震計がバラバラになって容器の底に落ちていたのだ。つまり山道を何時間も車で運んだために、地震計が分解していたのだ。これではいくら揺れても電気的な出力は出ない。出ていたのは、信号増幅器の電気的なノイズだけだった。同行の学者を前に、大恥をかいたのは言うまでもない。

 いま私の研究のうち大きな部分は海底地震計を使う研究である。私たちが海底地震計をはじめた理由のひとつは、陸上ではもう感度の高い地震計で地震観測できる場所がないことがわかったからであった。とくに浅い海は別だが、私たちが普通に海底地震計で観測する海の深さは1000mから6000mほどの深海だ。こういった深さでは、海が荒れようと雨が降ろうと関係がない。

 海底地震計を作るためには、トランク型よりもさらに小さくてさらに高度な地震計が必要だった。しかし私たちが作った感度が高い地震計は、ようやく本領を発揮できる場所を見つけることができたのであった。

 いままでお話しをしてきた地震計の歴史とは、地震計の感度が高くなるにつれて、地震計が大学や研究所を離れて野外に行き、さらに辺鄙なところを求めて深海底にまで活動の場を移していった歴史でもあった。

 しかし地震計についてはもうひとつの動きもお話ししよう。研究用の地震計が都会を出ていったのと逆に、都会に住み着く地震計が増えてきたのである。

 都会の生活にとってなくてはならないエレベーターだが、そのエレベーターにとってもっとも恐いものは地震である。吊り糸が切れたらもちろん、エレベーターがレールから外れても一大事なので、どのエレベーターにも地震計がついていて、大きな地震が起きたときにはすぐに自動的に停めるような仕掛けが義務づけられている。つまり、エレベータの数だけ地震計が働いているのである。

 じつはそれだけではない。地震の揺れには先に来るP波(初期微動)と後から来るS波(主要動)というものがあって振幅からいえばS波のほうが大きいので、エレベーターを停めるのは、主要動を検知する水平動の地震計である。

  しかしこれだと、大きな地震がいきなり来たときには、エレベーターはどこに停まるかわからない。エレベーターそのものは無事でも、階と階の途中に停まってしまって乗っている人が閉じこめられることにもなりかねない。

  だから時間的にもっと早く来る初期微動をとらえて、動いているエレベータをもっと早く、最寄りの階で停めるための仕組みを多くのエレベーターは持っている。このためにもうひとつ別の地震計が使われているのである。これは地面の上下の動きを検知する上下動の地震計である。

 こちらの地震計は、特別に大きな主要動だけを感じればいい地震計とは違って、やや高度の地震計と、地震を検知するためのノウハウを必要とする。つまり車が通ったり子供が跳ねたりするたびにエレベーターが停止しても困るからである。

 このためこちらの地震計は、エレベーターのメーカーからある地震計メーカーに注文が行くことになった。それまでは大学や研究所に研究用地震計を年に20-30台ほどを供給していた小さな地震計メーカーにとっては、毎年2500台もの地震計が売れるということは異例の大商いだった。

 この地震計は北海道大学の私の前任者だった故D先生が設計したものだった。茶筒のような形の上下動地震計である。地震計の振り子の固有周期は0.3秒で、ごく小さな地震を研究のために観測する高感度地震計であった。まさかD先生も、自分の研究用に設計した地震計が後年エレベーター用に大量に売れるとは思ってもいなかったに違いない。

(イラストは『地震学がよくわかる---誰も知らない地球のドラマ』(島村英紀)のために、イラストレーターの奈和浩子さんに描いていただいたものを再録しました)

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