島村英紀が撮った北極海の写真(海底地震観測時など)


1-1:北極海の氷山

1998年7〜9月、ノルウェーの観測船『ホーコンモスビー』(497トン)の航海で。

氷山にはさまざまな大きさと形のものがある。これは溶けかかってなんとも奇妙な形になっていた氷山。

たくさんの海鳥(黒い点)が氷山に羽を休めている(右下の拡大写真)。海面上の氷山の高さは約20メートルもある。


よく知られていることだが、海面上に見える氷山は「氷山の一角」にしかすぎない。この図はドイツのアルフレッド・ウェーゲナー研究所(ドイツの極地研究所でもある)のホームページにある氷山の絵。

氷山を実際に見ているときには忘れられがちな「氷山の縁の下の力持ち」をじつにリアルに表現している。


1-2:北極海の氷山

1997年5月、アイスランドの観測船『オディン』の航海で撮る。これも溶けかかって奇妙な形になっていた氷山。丸い、大きな穴が開いている。

『オディン』はアイスランド海上保安庁の旗艦である。氷山を見つけたら、船長は六分儀を取り出して精密に、その位置と大きさを測り、この氷山が着底していて動かないものか、漂流しているものかといった情報とともに、アイスランド海上保安庁の本部に送信する。

この海面上の氷山の高さは約15メートル。ちょっとしたビルほどの大きさだ。船で測った水深から考えて、氷山は着底しているもの、と判断された。

これら北極海の氷山と違って、南極海の氷山は、上が真っ平らになっているテーブル型の氷山があることが違う


1-3:北極海の氷山「予報図」

北極圏の近くを航海するときには、もっとも恐ろしいものが氷山だ。私たちの乗った船も含めて、航行する船は、デンマークから人工衛星経由のファクシミリで送られてくるIce Mapというものが欠かせない。

図で黄色がアイスランド、紫がグリーンランド、緑がカナダ北部である。なお、色は私が塗ったもので、もともとのファクシミリについているものではない。

氷で覆われている海域がハッチで、また氷山 Iceberg の警告も描かれている。等高線のようなものとその数字はちょっと前(1995年4月後半)の表面水温である。 もちろん、タイタニック号氷山と衝突して沈んだときには、このようなIce Mapは、まだ、なかった。

1995年5月、ノルウェー船『ホーコンモスビー』で。


2-1 :アイスランド北岸の雪山-1

1997年5〜6月、アイスランドの観測船から。アイスランド北西岸にそびえる初夏の雪山。立派な形と氷河を載せているのでアルプス級の高山の風貌を呈しているが、下に白波が立つ海面が写っていることから分かるように、高さは1000m級でしかない。

これらの山が海底に続いてコルベインセイ海嶺になっている。海底地震計はこういったゴツゴツした地形の海底に設置されたことになる。私たちがよく海底地震計を置く、ほとんど平らな北西太平洋海盆とは大いに違う。

因みに、北緯63-66度に位置するアイスランドは平地でも夏に20℃を超えることは滅多にないので、多くの氷河がある。

一方、氷河をかぶっていない山では、(火山岩は崩れやすいので)、下の写真のように、崩れた山の斜面は安息角を示している。とても登れない斜面だ。


【この写真は『地震と火山の島国--極北アイスランドで考えたこと』のカバーに使われているほか、 中央大学理工学研究所の要覧(カラーパンフレット)にイメージ写真として使われています。】


このときの海底地震観測の説明

2-2:アイスランド北岸の雪山-2

3-1:スピッツベルゲン島ホルンズンドHornsundの氷河

1998年7〜9月、ノルウェーの観測船『ホーコンモスビー』の航海で撮る。北緯78度にあるスピッツベルゲン島には、ポーランドが越冬基地を置いて観測を続けている。

写真は、 このポーランド基地のすぐ近くにある氷河。海に流れ込んでいる。シロクマが多いところだ。

この基地はスピッツベルゲンにある飛行場からは道がない。つまり、ポーランドから年に1,2度来る補給船だけが頼りの、南極基地なみの生活である。

このほかのスピッツベルゲンの写真はこちらへ


3-2:岩山を削っていくHornsund付近の氷河

これも、ホルンズンドの氷河だが、小山の両側を流れ落ちてきた氷河が、写真中央の山を削って「黒い岩の粉」にして流れ落ちているのが分かる。

氷河が岩を削る力はすさまじく、それが氷河擦痕として、各地に残されている。そのひとつは南米大陸のパタゴニアにある。

1998年7〜9月、ノルウェーの観測船『ホーコンモスビー』の航海で撮る。


3-3:スピッツベルゲン島ホルンズンドHornsundのフィヨルドの崖

1998年7〜9月、ノルウェーの観測船『ホーコンモスビー』の航海で撮った。このフィヨルドは、スピッツベルゲンでは奥行きが大きいほうだが、場所によっては、両側から険しい崖が迫ってきている。

天気は変わりやすく、雪が止んだと思ったら、一瞬の太陽の光が射した。 崖の手前の海には、陸から落ちてきた氷塊群が浮いている。


3-4:北大西洋に出る虹

太陽の高度が低い北大西洋や北極海では、ほかでは見られない虹が出る。高さが低く、色も7色が判然としなくて白っぽい。日本の私たちから見ると、なんとも不思議な虹だ。

海は熱帯から寒帯まで続いているが、その表情は千差万別である。

1998年7月、ノルウェーの観測船『ホーコンモスビー』の航海で撮った。


4:ノルウェー沖北極海での海底地震計の回収作業

1998年7月、スピッツベルゲン近海で、ノルウェーの観測船『ホーコンモスビー』の航海で撮る。観測を終わった海底地震計は、船から海底にある海底地震計に超音波を送って浮き上がらせる。海面まで帰ってきたら、このように手作業で回収する。

この辺の海域では、メキシコ湾流が流れてきているおかげで、北緯78度という北極圏の中としては異例に暖かいが、それでも、真夏でさえ、このような防寒着が必要である。

このほかの
「海底地震計の現場」の写真はこちらへ

5:牙をむく北極海

北極海に限らず、どの海も荒れることがある。なかでも日本近海は世界でも荒い方である。しかし、北極海の荒れもすさまじい。

何が起きているか、写真からわかるだろうか。これは船のブリッジよりも高い波が来て、船首がその波に突っ込んで行く一瞬である。船首には水の泡が縦縞になった高い水の壁が立ち上がり、次の瞬間には、その壁は、音を立てて、手前に崩れてくる。状況によっては、船が沈む瞬間でもある。いままでに私が会ったどの国の船乗りも、もう駄目か、と思ったことがあるそうである。

じつはこの写真は上の4の写真と同じ、1998年7月、スピッツベルゲン近海に撮った。北極海はわずか数日で、その姿を激しく変えてしまうのである。


6:アイスランドの地震断層

1999年6月、アイスランドで撮る。平地がほとんどないアイスランドでは、南西部に少しだけある平地で酪農が広く行われている。

しかしここも、じつは地震断層が作った高さ数メートルの丘があちこちにあるところだ。乾いているし、見晴らしもいいので、人々は地震断層だと言うことを知らないまま、この丘の上を選んで住み着いている。

花のさしわたしが数ミリというごく小さな花が、短い夏の間だけ咲く。小さくてけなげな命だ。後ろの山には、あちこちに雪が残っている。

(この写真は拙著『地震と火山の島国--極北アイスランドで考えたこと』には載せていません)。

7:アイスランド中部にある「魔の山」

地球深くから出てきた溶岩が冷えて固まって出来たアイスランドでは、ほかの地域にはない特異な地形が見られる。一人でここを訪れた私は、まるで魔の山を発見したような気持ちになった。

(この写真は拙著『地震と火山の島国--極北アイスランドで考えたこと』には載せていません)。

別の「魔の山」の写真はこちらにも

8:ノルウェー北部のロフォーテン諸島

1988年8月、ノルウェーの観測船『ホーコンモスビー』の航海で。

険しい崖に囲まれたこの奇怪な島々とそのまわりの海底がなぜ、どのように出来たかを研究するのが私たちの海底地震観測の目的だった。


右側の奇岩の下、猫の額のような海岸沿いに、数軒の家からなる集落が見える。いったい、どんな生活をしているのであろう。


アイスランドでの海底地震観測の解説
はこちらへ(Inter Ridge という国際研究計画の日本支部が出したInter Ridge Japan のニュースレター、第6号<1997年3月>に載せたもの。305KBあるpdfファイルです。またミラーサーバーによってはpdfファイルが読めないものもあります。)

これらの海底地震観測全般の結果の概要
はこちらへ(1.75MBあるpdfファイルです。大きいのでご注意ください。またミラーサーバーによってはpdfファイルが読めないものもあります。いまはなくなってしまった朝日新聞社の科学雑誌『サイアス』の最終号2000年12月号に書いたものです。)

別のミラーサーバーに入るのは、お手数ですが、島村英紀のホームページの目次頁のトップに戻って、そこから入り直してください。


なお、この他にアイスランドの写真が「島村英紀が撮ったアイスランドの写真」のところにもあります。

島村英紀が撮った海底地震計の現場
島村英紀が撮った写真の目次へ
島村英紀のホームページ・本文目次へ
島村英紀の「今月の写真」へ



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