『地震はどこに起こるのか―地震研究の最前線』(ブルーバックス、1993年発行)・6章「海の地震を追って」の大幅な加筆と図と写真の追加

私たちの海底地震計。その開発の歴史と苦労・その2
(ノンフィクションとしては島村英紀『地球の腹と胸の内――地震研究の最前線と冒険譚』をご覧ください)

目次
1 :なぜ海底地震計が必要?
2:手作りの海底地震計
3:完全ではなかったポップアップ式海底地震計
4:バケツ形の海底地震計
5:ポップアップ式海底地震計の完成
6:思わざる敵
7:現代の海底地震計
8:海底地震計の中身
9:番外編。旧ソ連の海底地震計


 3:完全ではなかったポップアップ式海底地震計

 このロープ係留式海底地震計は、あちこちで活躍しました。米国のカリフォルニア大学に招待されて、米国で実験をしたこともありました。

 しかし私たちの研究が進むと、もっと多い海底地震計を、もっと長い時間だけ実験に投入することが必要になってきました。海底地震計を安く、たくさん作るのが私たちの哲学だったのです。それによって、いままではできなかった綿密な海底の研究が開けるはずでした。

 地震計の本体は増やせます。しかし海底地震計をブイまでつなぐロープの量は、もう大幅には増やせませんでした。船の甲板いっぱいになってしまうからです。

 写真の左と下右は東京大学海洋研究所の観測船『白鳳丸』で。6000メートルの深さのマリアナ海に海底地震計1台を沈めるために、9000メートル分の化学繊維のロープを必要としました。この1点分だけで、3000トンの『白鳳丸』の甲板一杯になってしまうほどでした。

 世界の海の深さの平均は3700mですが、太平洋の多くは、深海海盆といって、深さが5500-6000mほどの平原が拡がっているのです。このため、私たちの海底地震計も、この深さに入れることが普通でした。

なお、写真の白いロープはナイロンロープで、海水より重く、青いロープはパイレンロープで海水より軽いのです。これは、海面に浮きもせず(それゆえ航行船に引っかけられる事故が起きない)、海底にも絡まない(それゆえ引き上げ時の事故が減る)、という芸の細かい設計でした。

 なお、それぞれのロープの強度がちがうために、ナイロンは径12ミリ、パイレンは径16ミリを使っていました。それぞれのロープは運搬や保管のために200メートル巻きになっており、観測のたびに、これをつなぎ合わせて使っていました。もちろん研究費が乏しかった私たちは、何度も同じロープを使っていましたから、どのロープがどのくらい傷んでいて、ロープ全体のどの部分(中間部分は、比較的張力がかからない、など)には、まだどのくらい使えるか、という「管理」をやるのは私の仕事のひとつでした。

 また、もうひとつ大変だったことは、海底地震計を回収するときには、キャプスタンというウィンチでロープを巻き上げるのですが、海中から上がってくる9000mのロープを、船縁から身を乗り出して、何時間も、じっと見続けるのも私の役目でした。ロープが海中で、からまって上がってくることがあり、もし、そのからまったロープが巻き上げに使っている滑車にそのまま衝突すると、ロープはあっという間に切れてしまうからです。

 もしロープが切れたら、私たちは海底地震計を一瞬にして失うことになってしまうのです。 このときには、ウィンチを止めて、からまったロープの上と下を固定して、手作業で、からまったロープをほどくのです。このほか、ロープがこすれていたんで上がってくることもあり、このときも、ウィンチを止めて、手作業でロープを慎重に引き上げなくてはなりません。

 ところで、学問は進歩するものです。最初は数台の海底地震計で、世界的な仕事ができた(たとえば、世界的な科学雑誌『Nature』には、海底地震計3台だけを使った論文を出したことがあります)。のですが、私たちはもっとたくさんの海底地震計を投入する研究をしたくなっていったのでした。

 私たちの海底地震計は、深海底にある深海軟泥に、ある程度潜って、観測する仕掛けでした。また、ブイやロープの揺れは、錘とチェーンで遮断する、周到な仕掛けになっていました。

 右の写真は1970年代の最初のころ、東京大学海洋研究所の『白鳳丸』船上での海底地震計の準備風景です。海底地震計に巻き付けてあるロープは、海中を落ちていくときに、海底地震計の向きをある一定の向きに保って回転しないための「鰭」であるとともに、海水より重いナイロンロープを使って、海底で、深海底層流になびいて雑音を出したりしないような仕掛けでもありました(撮影は浅沼俊夫氏)。

 そして、私たちは「ポップアップ式海底地震計」に移行することにしました。ポップアップ式海底地震計とは、自分で海底まで降りて行き、観測が終わったときには、また、自分で海面まで帰ってくる海底地震計なのです。

 そして、このときにも、実際に海底で、このロープ係留式海底地震計なみにいい記録を取ることが、いちばん、大変なことでした。

 ポップアップ式海底地震計は、降りて行ったり、上がって来たりするのには、エンジンもモーターも使いません。

 どうして、そんなうまいことができるのでしょう。

 それは、海水の中で働く浮力、つまりものが浮き上がる力を利用しているのです。

 風呂の中でピンポンの球を手から離すと、球は水面まで上がってきます。このピンポンの球を持ち上げる力が浮力です。

 不思議に聞こえるでしょうが、海底地震計も、水よりも軽く作ってあります。

 といっても、もちろんピンポンの球よりはずっと重くて、重さは60キログラムほどあります。

 しかし、これを水中に入れると、ピンポンの球のように、浮いてくるのです。

 これは、鉄でできた何万トンもある重い船が海に浮いているのと同じです。船の重さよりも、浮力のほうが大きいから、水に浮くのです。

 さて海底地震計は、ほっておくと浮き上がるように作っておいて、それに40キログラムほどある鉄のオモリを取り付けてしまいます。こうすれば、海底地震計は水よりも重くなって、海の中を自分で海底まで下りて行くことになるのです。

  このための深海浮力材としては、シンタクティック・フォームというものを使いました。深海潜水艇に使われているもので、ごく小さな中空のガラス球をエポキシ樹脂で固めたものです。1kgのものを浮かせるのに1万円もした、たいへん高価なものでしたが、当時としては、ほかに使えるものはなく、やむをえなかったのでした。

なお、その後、強化ガラスを使ったガラス球が作られるようになり、値段も安価になりました(右下の写真)。しかし、ガラス球も、初期の製品には不良品が多く、深海でつぶれてしまうものや、水圧に耐えかねて水が入ってしまったものもあって、いろいろな苦労を重ねました。

 そして、海底で観測が終わったら、そのオモリを外してやれば、海底地震計は水よりも軽くなって、海面まで帰ってきます。オモリは、海底に捨ててくることになります。オモリを外す装置を離脱装置といいます。最初のポップアップ式海底地震計にはワイヤーカッターという離脱装置を使いました。

 左上の図と右と左下の写真は、この初代のポップアップ式海底地震計です。

  この初代のポップアップ式海底地震計を持って、米国に行ったことがあります。オレゴン州立大学との共同研究で、カリフォルニア沖にある断裂帯に、どのくらい地震が起きているかを調べて、プレートの活動度を探るのが目的でした。

 このときは、海底地震観測の主力は、まだロープ係留式海底地震計でした。この初代ポップアップ式海底地震計は、テストをかねて、持っていったのです。オレゴン州立大学は『ウィコマ』という新鋭の観測船を入手したばかりで、張り切って、この共同研究に参加してきたのでした。

 幸い、このときのポップアップ式海底地震計の観測は成功しました。無事に海底から帰ってきたのです。

 写真右は浅田敏氏、中央は、当時大学院生だった渋谷和雄氏(いまは国立極地研究所教授)、左はオレゴン州立大学のステファン・ジョンソン助教授です。彼らの間にあるのが、シンタクティック・フォームの深海浮きです。

  このジョンソン助教授をめぐる哀しい物語は『地球の腹と胸の内――地震研究の最前線と冒険譚』にあります。彼が開発した海底地震計はいずれも海底から帰って来ず、「競争社会」である米国の科学の世界からは消えていくしかなかったのでした。

 ところが、このポップアップ式海底地震計は、全体としては、私たちにとって決して成功とは言えませんでした。

アイデアはたいへんよかったのです。しかし、私たちにとっての最初のポップアップ式海底地震計では、なんともみじめな結果が私たちを待っていました。

 一年あまりのうちに二、三台の手持ちをすべてを失ってしまったのです。つまり海底から帰って来なかったのです。

 大変な損失です。失った機械。得られなかったデータ。無駄になった観測のチャンス。無にしてしまった船の人たちの努力と好意。無為に過ごした私たちの人生。どのひとつをとっても痛いものでした。

 しかしじつは、それ以上につらいことがありました。なぜ帰ってこなかったのか、こんどはどうしたらいいのか、といった手がかりがないまま、なくなってしまったことでした。

 つまり、失敗から学ぶことができなかったのです。「犯人」をたたどれる証拠が残されていないのです。

 陸上の機械ならば、故障した現物が眼の前にありますから、見て、どこが悪いのかを直せばすみます。しかし海底地震計ではそうはいきません。

 海底地震計を浮かせるための深海ブイが水圧で潰れてしまったのでしょうか。実験が終わったら動作して海底地震計を浮かせるための時計であるタイマーがうまく働かなかったのでしょうか。

 それともタイマーを入れている耐圧容器に水が入ってしまったのでしょうか。オモリを外すワイヤーカッターが働かなかったのかしら。

 疑問はいくらでも湧きます。しかしどれが犯人かは分かりません。私たちの立ち直りは、少しでも心配なことをひとつずつ減らすことから図るしかありませんでした。

 オモリを外す離脱装置にはいろいろな原理のものが考えられました。その中で私たちが選んだワイヤーカッターの心配もありました。ワイヤーカッターとは、少量の爆薬を使う超小型のギロチンです。もともとは上空のヘリコプターから地上へ物資を投げ落とすための道具です。

 いちばん心配なことは、事前にテストできないことでした。爆薬を使ったワイヤーカッターでは、一回きりしか点火できません。他のワイヤーカッターでテストしたとしても、本番で使うワイヤーカッターが大丈夫かどうかの保証はないのです。

(なお、右上の写真に写っているのは浅田敏氏、その脇にあるのは、当時の彼の愛車、日本の名車、スバル360
です)


 4:バケツ形の海底地震計

 私たちのポップアップ式海底地震計は振り出しに戻りました。

 耐圧容器として、いままでのものをやめて、米国のメーカーが作った直径40センチほどのガラスの球を買ってきました。ガラス球そのものを深海ブイとしても使おうとしたのです。

 この球は、10キログラムやそこらの軽い機械を中にいれても、海面にまで帰ってくることができます。ですから、球の中に、地震計のセンサーやら電気部品やらテープレコーダーやらをすべて詰め込むことにしたのです。

 海底地震計としていい記録を取るためには、ガラス球をいかにしっかり、海底に取り付けるか、ということが問題でした。ガラス球には地震計のセンサーが入っていますから、この球の取り付けがグラグラしていては、海底地震計としての性能がおぼつきません。

 私たちが思いついて試みたのは「真空吸着」というものでした。

bake ガラス球に底の平らな金属製の足を生やし、その足と、これも平べったいオモリとの間にわずかな隙間を作ります。薄い皿を机の上に伏せたときに皿と机の間にできるような隙間を作るわけです。この隙間の空気を抜くと、皿と机とは、しっかり吸いつく、という仕掛けでした。

 この方法の長所は、海底地震計が海に沈んで行けば行くほど、この力は強大になることでした。水深6000メートルでは、なんと200トンもの強大な力になります。深い海の底で地震を観測しているときに、海底地震計がグラグラしないでオモリと一体になる、という意味では、これは理想的な方法でした。

 海底地震観測が終わって、海底地震計を浮き上がらせる離脱装置は、真空になっている隙間に海水を入れてやればいいのです。隙間はたちまち水で満たされて吸着は外れるはずでした。(左の図=『地球の腹と胸の内――地震研究の最前線と冒険譚』から。写真は右下)

 これで、私たちの最初のポップアップ式海底地震計は完成しました。

 しかし、この海底地震計は、またもや、私たちの期待を裏切ったのです。

 真空吸着が、じつは食わせものでした。

 原理的には優れています。しかし現実にはいろいろ難しいことがありました。

 地震計の本体とオモリとの間に作る、平べったく薄い隙間の工作精度をよく作らないと真空が保てないことが分かりました。

 またこの隙間には深海では何百トンという水圧がかかります。この力のせいで、隙間が変形して真空が保てなくなったら、思わざる時に海底地震計は浮いてきてしまうのでした。

 このためには、地震観測をするたびに海底に捨ててこなければならないオモリを、十分丈夫に、しかも精度よく作らなければなりませんでした。

 つまり、あまり安価には作れないことが分かったのです。実験費が限られている身にはこたえました。海底地震計をなるべく安く、たくさん作るという私たちの理想には遠いものだとわかったのです。

(写真右は浅田敏氏。後方でうつむいて写っているのは稀代の写真嫌いだった伊藤純一・理学博士(雅号伊藤風天)。2007年12月に急逝した彼の生前の数少ない写真のひとつである) 。


(イラストは島村英紀による)

1 :なぜ海底地震計が必要?
2:手作りの海底地震計
3:完全ではなかったポップアップ式海底地震計
4:バケツ形の海底地震計
5:ポップアップ式海底地震計の完成
6:思わざる敵
7:現代の海底地震計
8:海底地震計の中身
9:番外編。旧ソ連の海底地震計

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