島村英紀『長周新聞』2014年1月1日号。7面。(その記事は)

科学を左右しはじめた世界的な大企業

 普通の人々なら見過ごしそうな小さなニュースが先月はじめに出ていた。

「”遺伝子組み換えトウモロコシで発ガン”論文を科学誌が撤回」

 『Food and Chemical Toxicology』(筆者註:誌名は「食物と化学毒物学」)誌は、遺伝子組み換え(GM)トウモロコシを与えられたラットに腫瘍ができたと主張する論文の掲載を撤回した。研究手法に対する批判を受けてのことだ。

 同誌は声明文のなかで、問題の論文には「不正行為やデータに関する故意の虚偽表現の証拠は見られなかった」と述べているものの、「実験群の数が少ないという点と、実験に使われたラットの系統がもともと腫瘍を発生しやすいものだったという点の両方に関し、懸念すべき正当な理由がある」と主張している。したがって、該当の論文を不確実なものと結論付けている。

 同誌は11月上旬に、この論文を発表した研究者たちが自ら回収することを拒否する場合は、同誌が論文の掲載を撤回すると警告していた。だが、研究者チームは研究結果を支持する立場を取った。

 この論文を発表したのは、仏カーン大学のギレス・エリック・セラリーニ教授が率いる研究チームだった。同チームは同誌による論文の撤回について、同誌の編集部にバイオ化学メーカーのモンサント社に以前勤めていた生物学者リチャード・グッドマンが携わっているせいだと主張している。

 だが、グッドマン氏は問題への関与を否定しており「セラリーニ教授のチームによる研究については、データを調査していないばかりか、同誌への掲載や撤回の決定には関わっていない」と述べている。

 この記事が出ていたのは産経ウェブ(wired誌との提携ニュース)、2013年12月3日のことだ。

 科学者である私から見ると、このニュースはきわめて奥が深い。世界的な大企業は、いまや科学の成果さえ左右できるほどの力をつけてきたことを示すニュースだからである。

 遺伝子組み換えは科学の最先端であり、また大企業が将来の市場を狙ってしのぎを削っている分野でもある。除草剤には耐性がある、収量が多いといった生産上の利点を持った遺伝子組み換え作物は、トウモロコシに限らず、多くの作物がすでに生み出されている。制限された畑だけで栽培されていても、これら遺伝子組み換え作物の種子が栽培地の外まで風で運ばれたり作物の輸送中にこぼれたりして意図しない拡大と従来作物との交雑が起こっていることも知られている。

 他方、これら遺伝子組み換え作物が人体にどのような影響を与えるのか、未知の部分が少なくない。心配する消費者の声も大きく、また、その影響の解明に取り組んでいる科学者も多い。

 ところで視点を変えてみよう。いまや世界的な大企業は、たとえば米国政府の政策に強い影響を与えるほどになっている。TPP問題はその一例で、米国政府が熱心なのは、じつはその裏で大企業が米国政府を強く押しているからである。TPPが各国で調印されたときには、それぞれの政府よりも、世界的な大企業のほうが立場が強くなる。各国それぞれの規制を大企業が裁判に訴えるなどしてひっくり返すことが可能になるからだ。

 その大企業が自分たちにとって障害となるものを排除するためには、あらゆる手段を使うだろう。遺伝子組み換えに反対の、あるいは懐疑的な科学者を押さえつけることも十分にあり得ることなのである。

 私が前からあちこちに書いているとおり、科学者というものは大きな掌の中で踊っている孤独な戦士である。まわりはすべて敵という環境の中で、科学的な成果というエサを得るために車輪をまわしているハツカネズミが科学者なのである。その「孤独」や「得られるべき成果」に付け入ることは、じつはそれほど難しくはない。

 科学者を締め上げるのには、まず研究費を抑えてしまうことだ。研究費を配分しないことは、やる気になれば十分出来ることである。そして二番目がこの記事にもあるように、研究発表の機会を奪ってしまうことだ。この二つを押さえてしまうことは科学者の生殺与奪の権利を握ってしまうことを意味するのである。

 もちろん露骨な手段はとるまい。研究費の配分でも、一見客観的な審査を組み立てて配分しないことは十分に可能だし、成果の発表を抑えるのでも、この記事のように「企業の関与を否定」して論文の形式的な弱点をあげつらうこともいとわない。「実験群の数が少ない」ことや「実験に使われたラットの系統がもともと腫瘍を発生しやすいものだった」ことは論文を読む人たちが判断すればいいことなのだ。論文がそもそも世に出なければ、読者は研究のことを知ることも、判断することも出来なくなってしまうのである。

 ことは遺伝子組み換えの問題には限らない。大企業の将来に影響しそうな事柄や、地震予知などの国策でも、同じようなことが起きている。しかし個々の科学者は無力である。社会として科学という文化のひとつを支えていくことが出来なければ、科学はたちまち金魚鉢の中の金魚、つまり文化の洒落たアクセサリーに堕落してしまうのであろう。

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